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ペー(白)族
 

 

  大理古城のホテルに大きな荷物を預ってもらい、バスや船でアルハイ湖畔の村々を訪ね、3、4泊して戻るというパターンをくり返しながら、私は写 真を撮り続けていた。 そんな、ある白族村でのエピソードをふたつ。

  たまたま知り合った白族の男に連れられて、ある年の早春、棟上げ式(建て前)に参加したことがあった。そこは彼の妹さんが嫁いだ家だった。 午前11時ころでかけてみると、たくさんの人が集まっていて,楽しそうに会食をしていた。

 お祝いの品として、みんな饅頭やコメ、酒、菓子、お金などを持ってきては、受付の老人に名前と品物を書き込んでもらっていた。私は男から相場を聞いて、「敬賀」と書いた赤い紙に20元を包んでお祝いとして出した。老人が、私の名前を「柳青健」と書いたとき、彼がすかさず「うん。そんなもんでいいよ」と言ったので、「違っています」と訂正するきっかけを失ってしまう。

 男に促されて、中庭にしつらえられたテーブルに座った。
 「めでたい酒は、酔わないもんじゃ」
 と同席の老人から言われ、ほんとかなァと思う暇も与えられず、白酒(焼酎)を強引に飲まされた。本当に嫌なら、断るはずなので、それを言わないところをみると、私は酒が嫌いではないようだ。まぁ、雲南の会食の席で、酒やタバコを断らない方がコミュニケーションがうまくいくということも、頭の隅にあるにはあったが・・・。

 料理は縁起を担いで全部で8種類あり、「八大碗」という。豚肉と野菜をメインにしたものだった。
  一通り酒を飲み終わったとき、お櫃に御飯が運ばれてきて、テーブルにドカッと置かれた。シャモジなど使わない。それぞれが自分のドンブリを直接この御飯の中に突っ込んで取る。この豪快さには驚いてしまった。

 午後、楽隊の演奏や爆竹の中、大工たちが上に登っていき、ロープで棟木を引き上げて、祝詞のようなめでたい歌を歌い、ピンク色の紙に包まれた饅頭を四方八方にばらまいた。
 中庭で待ちかまえていた近所の人や親戚の人たちは、その饅頭を先を争って拾う。あちこちから喚声が上がる。この時ばかりは、年寄りも子どもも、男も女もない。とにかく、たくさん拾えばそれだけ幸福になるのだ。

 中年おばさんのパワーはすさまじく、饅頭を拾うおうとして前屈みになった私に体当たりを食らわして奪い取った。白族女性の民族衣装はズボンとエプロンだが、そのエプロンを両手で広げ、半径1m以内に降ってきた饅頭をすべて自分のものにしようとするおばさんもいた。
  私が子供のころ、近所で棟上げ(建て前)があると、やっぱりエプロンを広げてモチを拾うおばさんがいたのを思い出し、思わず笑ってしまった。

 男は拾った饅頭をふたつに割って私に見せた。「あなたも自分のを割ってみなさい」というので、割ったら、銀色に光る真新しい五分硬貨が現れた。その時、日本の建て前で、大工がモチといっしょに五円硬貨をまいていたことを思い出した。

 ある日、授業風景の写真を撮りたくて、村の学校を訪ねたことがあった。日干しレンガ造りの校舎は「コ」の字型に建っていて、中央が小さなグラウンドになっていた。小、中学校がいっしょになっていて、白族の生徒が500人くらい、先生は23人いるという。 先生たちの記念写真をあげるという条件で、写真が許された。

 職員室でお茶を御馳走になったあと、小学4年の「漢語」(つまり中国語)の授業を参観させてもらった。 50なかばの男先生は授業が始まる前に生徒に注意した。
  「今日は日本人の写真家が来て写真を撮りますから、みなさん眠らないように」
 この授業は「漢語」だったが、内容は道徳のようだった。先生は、黒板に「果 皮箱(ゴミ箱)」と大きく書くと、
  「この村にはないのですが、昆明や大理には、この果皮箱というのがありますから、ゴミは、その果 皮箱というものに捨てるように」
 といった。田舎ならではの素朴な内容で、微笑ましかった。

 次は、30歳くらいの男先生に連れられて、中学1年の英語の授業参観にでかけた。
 先生はいきなり「この教科書を読んでください」と英語で私にいった。そして生徒たちに向かって、
  「今日は日本からお客様が来ていますから、みなさんの発音指導をお願いしましょう」
 というと、ワーッと割れんばかりの喚声が上がった。
  「ちょ、ちょっと待って。そんなこと急に言われても・・・」
 それでも生徒たちの熱烈な拍手と「歓迎、歓迎」という言葉に迎えられて、つい断りきれずに教壇に立ってしまった。実は、その英語の先生よりは、本物の英語に近い発音ができると自信はあった。

 教壇に立つのはもちろん初めてだったので、少しだけ緊張した。
 先生から「初級中学英語」のテキストを渡された。「今日の授業は、この部分ですから」と、先生はあるページを指さして教えた。私は自分でも惚れぼれするような(?)英語で文章を読んだ。読み終わった私に「サンキュー」と先生がお礼を言い、生徒たちの拍手が起こった。

 次は、ニュー・ワード(新しい単語)の反復練習をお願いしますと先生は言った。まず、私が発音し、生徒と先生がいっしょにその発音を繰り返すことになった。
  「じゃァ、始めます。・・・メイク」
  「メイクッ!」
 彼らの発音は元気がよかった。発音の練習というよりは絶叫に近かった。特に、単語の最後が「k」「t」「p」の場合、中国語の発音では「有気音」といって、息を強く吹き出すので、やたらにそれが強調されてしまう。ただ40人もの生徒がいっせいに、自分の言葉どおりに復唱してくれるというのは、気持ちのいいものだった。

 しかし、生徒たちがどよめいて、私の発音についてこない単語があった。先生の発音と違うと、発音しづらいようだった。みんな中国語訛りの発音に慣れているので、突然私のような流暢(?)な発音に変わると発音できなくなってしまうらしい。
 「先生の発音とはちょっと違いますが、気にしないで続けて下さい」
 そういってから、もう一度発音をやり直す。
  「スマイル」「スメル!」、
  「スマイル」「スメル!」、
  ・・・・
  「スメル」「スメル!」

 このsmile(微笑む)を何度やっても、「スマイル」ではなくて「スメル(smell、臭う)」と、自信たっぷりに発音する先生と生徒たちを見ているうち、私はだんだん自分の発音に自信をなくしていった。そしていつの間にか、彼らの発音を真似てしまっている自分に気がついた。

 新しい単語の反復練習は、ただ生徒たちを混乱させただけだったかもしれない。それでも、先生が笑顔で、
  「みんなでお礼を言いましょう・・・サンキュー・ベリ・マッチ」
  というと、生徒たちも、
  「サンキュー・ベリ・マッチ」
  と、相変わらず人を脅しているような大きな声でお礼を言ってくれた。

 あっという間に45分間の授業が終わった。先生が職員室に帰ったあと、生徒たちもガヤガヤと教室を出ていった。
  私も出ようとしたとき、ある生意気そうな男子生徒が近づいてきて、
 「あの英語の先生は、発音がへたなんです。あなた、気にする必要ないですよ」
  と慰めてくれた。

(つづく)

 

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