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大理古城のホテルに大きな荷物を預ってもらい、バスや船でアルハイ湖畔の村々を訪ね、3、4泊して戻るというパターンをくり返しながら、私は写 真を撮り続けていた。 そんな、ある白族村でのエピソードをふたつ。 たまたま知り合った白族の男に連れられて、ある年の早春、棟上げ式(建て前)に参加したことがあった。そこは彼の妹さんが嫁いだ家だった。 午前11時ころでかけてみると、たくさんの人が集まっていて,楽しそうに会食をしていた。 お祝いの品として、みんな饅頭やコメ、酒、菓子、お金などを持ってきては、受付の老人に名前と品物を書き込んでもらっていた。私は男から相場を聞いて、「敬賀」と書いた赤い紙に20元を包んでお祝いとして出した。老人が、私の名前を「柳青健」と書いたとき、彼がすかさず「うん。そんなもんでいいよ」と言ったので、「違っています」と訂正するきっかけを失ってしまう。 男に促されて、中庭にしつらえられたテーブルに座った。 料理は縁起を担いで全部で8種類あり、「八大碗」という。豚肉と野菜をメインにしたものだった。 午後、楽隊の演奏や爆竹の中、大工たちが上に登っていき、ロープで棟木を引き上げて、祝詞のようなめでたい歌を歌い、ピンク色の紙に包まれた饅頭を四方八方にばらまいた。 中年おばさんのパワーはすさまじく、饅頭を拾うおうとして前屈みになった私に体当たりを食らわして奪い取った。白族女性の民族衣装はズボンとエプロンだが、そのエプロンを両手で広げ、半径1m以内に降ってきた饅頭をすべて自分のものにしようとするおばさんもいた。 男は拾った饅頭をふたつに割って私に見せた。「あなたも自分のを割ってみなさい」というので、割ったら、銀色に光る真新しい五分硬貨が現れた。その時、日本の建て前で、大工がモチといっしょに五円硬貨をまいていたことを思い出した。 ある日、授業風景の写真を撮りたくて、村の学校を訪ねたことがあった。日干しレンガ造りの校舎は「コ」の字型に建っていて、中央が小さなグラウンドになっていた。小、中学校がいっしょになっていて、白族の生徒が500人くらい、先生は23人いるという。 先生たちの記念写真をあげるという条件で、写真が許された。 職員室でお茶を御馳走になったあと、小学4年の「漢語」(つまり中国語)の授業を参観させてもらった。
50なかばの男先生は授業が始まる前に生徒に注意した。 次は、30歳くらいの男先生に連れられて、中学1年の英語の授業参観にでかけた。 教壇に立つのはもちろん初めてだったので、少しだけ緊張した。 次は、ニュー・ワード(新しい単語)の反復練習をお願いしますと先生は言った。まず、私が発音し、生徒と先生がいっしょにその発音を繰り返すことになった。
しかし、生徒たちがどよめいて、私の発音についてこない単語があった。先生の発音と違うと、発音しづらいようだった。みんな中国語訛りの発音に慣れているので、突然私のような流暢(?)な発音に変わると発音できなくなってしまうらしい。 このsmile(微笑む)を何度やっても、「スマイル」ではなくて「スメル(smell、臭う)」と、自信たっぷりに発音する先生と生徒たちを見ているうち、私はだんだん自分の発音に自信をなくしていった。そしていつの間にか、彼らの発音を真似てしまっている自分に気がついた。 新しい単語の反復練習は、ただ生徒たちを混乱させただけだったかもしれない。それでも、先生が笑顔で、 あっという間に45分間の授業が終わった。先生が職員室に帰ったあと、生徒たちもガヤガヤと教室を出ていった。 (つづく) |
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