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2007年7月29日、第109報!!

第109報(2007年7月29日)

 

(541)尋甸県の小学校では四十数人の生徒が教室内に居住

6月2日の春城晩報より。昆明市尋甸イ族回族自治県聨合郷中心完全(完全というのは正式な小学校という意味で普通は6年制、僻地農村部では4年制の不「完全」な小学校も多い)小学校の父兄からの投書によると、教室内で生徒達が居住しなければならない情況が長年続いており、毎回子供を訪ねるたびに教室内に置かれた二段ベッドやふとんを見て、学習環境に相応しくないと感じ、複雑な気持ちとなるという。そこで、5月31日、記者が実態を確認する為に、その小学校に取材を行ったそうです。
この尋甸県聨合郷は昆明市区から北へ約165キロの位置にあり、尋甸県城からも127キロも離れた高地寒冷地区で、少数民族が雑居している典型的な山間貧困村である。聨合郷中心完全小学校は寄宿制の小学校で、就学前組(幼稚園に相当)から5年生までの(6年制ではない?)8組165名の生徒が在校している。
記者がこの小学校を訪れた時、ちょうど授業中だった。記者はまず就学前組の教室に向かった。父兄の投書の通り、教室の後ろには三つの二段ベッドが並んでおり、様々な色の布団が雑多に敷かれていた。その後、記者はこの学校の八つ教室をそれぞれ見て回ったが、その内の四つの教室に二段ベッドが置かれていた。
休憩時間に生徒達に「きみたちはどうして生徒宿舎に住まないのか?」と尋ねると、生徒達は争ってこう答えた。「なぜなら、学校にはたった二部屋しか生徒宿舎がないから。その二部屋の生徒宿舎に収容しきれないので、先生が按排して、教室の中に一教室15人で住むことになった」。その答えに記者は驚いて、「教室内にはたった三つの二段ベッドしかないのに、どうやって15人も眠るのか?」と聞くと、「一つの二段ベッドに5人が寝る。普通、下段に三人、上段に二人で、一教室15人となり、四つの教室に計45人の生徒が居住している」のだそうです。
昆明で商売をしている李夫婦の息子は、この小学校の三年に在学している。この息子は就学前組から三年生になるまでずっと教室で居住しており、息子は何度も教室の中にはこれ以上住みたくないと親に訴えていたそうです。そこで、李夫婦は学校の先生に何度も改善を訴えたが、なんの解決にも至らなかった。李夫婦は「教室の中で授業を受け、そこに居住するのはまっとうな事ではない」と感じているそうだ。これに対しては先生達も、この問題はもう長年未解決のまま放置されており、父兄達のいうことは無理の無いことだと感じているらしい。
記者は李徳升校長に情況を説明してもらった。李校長は如何ともしがたいというような口調で、「生徒が教室で居住するという情況は、もう十年近くも続いている。なぜなら学校内には宿泊できる場所がないからです。一部の生徒を教室に住まわせるのは、他に方法がないからです」と説明した。李校長によると、長年、聨合郷中心完全小学校には居住の為の施設が無く、生徒達の居住問題はずっと頭の痛い大問題だった。1998年以前は、生徒は全員教室内で居住していたという。1998年に新校舎が建設された後も、寄宿生徒の居住問題は一向に解決されなかった。この在校生165名(当時の在校生が現在と同じ数字?)の居住問題を解決する為、学校側は二つの教室を生徒宿舎に変えることを決定し、一つの部屋に12の二段ベッドを入れ、一つの二段ベッドに5人の生徒が寝る様に按配し、二部屋で合計120人の生徒を収容できるようにした。しかしながら、残りの45人の生徒は収容しきれず、しかたなく四つの教室に二段ベッドを入れて、分散して居住させているのだそうです。この情況を上層部はどう捉えているのかと李校長に聞くと、「この問題については検討会を重ね、調査結果を上級関係部門に何度も訴えたが、いまだに解決の糸口さえ見えていない」のだそうだ。
この聨合郷中心完全小学校には所属する八つの村委員会の完全小学校が有るが、その内の一つの小学校に生徒宿舎楼があるだけで、聨合郷全体では100人以上の生徒が教室内に居住している事になるという。聨合郷の関係幹部が語ったところによると、「聨合郷は典型的な貧困山村で、山が険しく、道路は狭く、農民の生活も苦しい。ゆえに、郷政府の財政能力も限界があり、この一二年、教育問題を重視して、教室を改修したりしたが、多くの生徒の居住問題の改善までは手が回らなかった。なぜなら、生徒達が使っている建物が更に危険になりつつあり、そちらの対策を優先しているから」なのだそうだ。
記事は最後に、上級関係部門の指導者がこの問題を高度に重視して、これらの貧困山村の生徒達によりよい学習環境が与えられる事を望む、と締めくくっていました。

前回の(538)でも紹介しましたが、僻地農村の教育環境は悲惨なものです。これは建国以来の農民軽視政策の結果でもあり、とりわけ1985年頃から始められた、郷鎮を主体とした農村での学校設立・運営体制の移行が、農民への更なる過剰負担を与え、かつ農村の教育環境の悪化を招くこととなりました。計画出産政策・民兵訓練・恩給・遺族年金・道路建設等の費用も本来は国家財政からの支出であるべきなのに、地方政府に負担させている為、所得税に相当する農業税以外に様々な課税項目を設けて農民から取り立て、この税の分配が腐敗の温床ともなり、農民の貧困化とともに農村の荒廃を招いた。農民たちは十分貧しいのに、その上、義務教育の費用まで自らが負担しなければならなくなったのです。後に農民の過剰負担が大きな社会問題となり負担軽減が必至となった際、多くの地方政府が義務教育費の負担を中止又は軽減したが、国も地方政府もその財源を補填しなかった。その為、農村の教育環境は危機的な情況となり、教師への給料の未払い等が頻発するようになったのです。義務教育と名乗るなら、国の責任で行うのが当然で、現に都市部の住民は義務教育費など払わずに(教科書代や雑費は徴収されるが)済んでいるのに、農村ではその恩恵を受けられません。経済発展の続く中国で、財政支出の中での教育支出の割合が、世界最低レベルのままで維持出来ているのは、このような農村教育切捨て政策が有るからなのです。

(542)十数年簡に48億元を投入しても*池の水質は好転せず
     (*はさんずいに真) 
   

6月3日の新華社雲南ネットより。近日、雲南省政府が発表したところによると、10年以上にもわたって取り組んでいる*池の水質改善事業には、総額47.62億元の資金が投入されてきたが、*池の水質の悪化には一定程度の歯止めがかかったものの、根本的な改善には程遠い状態で、*池水質改善事業は危機的な情況に直面しているそうです。
目下のところ、*池は中国でも最も汚染の程度が深刻な湖沼の一つとみなされており、*池の内海である草海は重度の栄養過多の状態で水質は劣5類(ドブ水のような状態)、外海は中度栄養過多状態で水質は5類となっている。この*池の水質悪化は*池流域の工業・農業生産の発展や持続に大きな制約をもたらし、流域の数百万人の住民の生活にも深刻な影響を与えている。
近年、*池の水質改善の為、雲南の関係部門は様々な*池汚染改善運動を行い、この運動の展開により、汚水排水の規範化と汚水処理をしようとした。汚水放出標準許可制度と清潔生活運動等の措置により、1630もの重点汚染企業に対する制御・監視が出来るようになった。そして、*池草海で実施した湖底の浚渫作業では、湖底の泥633万立方メートルを浚渫し、機械で除去された藻は780立方メートル、海草は53万トン、その他*池に流れ込む河川のゴミ処理等も行われた。
専門家によると、依然として*池の水質に根本的な改善は見られず、主な原因は流域の環境保護と開発の矛盾が突出しているからだという。*池の生態系等の退化は深刻で、修復や改善への難度は大きい。また、水質改善への資金の調達先や融資体制が安定していない事も困難を大きくしている。
公表された事業内容によると、今年は盤龍江中段の環境汚染整理を行い、昆明医療廃棄物集中処置センターの建設、2基のゴミ焼却用発電機の設置、危険廃棄物処理センターの建設準備や、排水汚染の深刻な企業を流域外に移転させる事等が計画されているそうです。

記事が何か人事のごとく書いている様に見えるのは、この水質改善に投じられたお金の多くが日本やその他の外国の援助だからかもしれません。現在、行われている*池北岸水質環境総合改善工程には円借款231億円が使われているそうです。ちなみに、昨年の11月20日の彩龍中国ネット(昆明日報社)によると、日本政府が雲南省内の鉄道整備・治水・給水・環境整備・人材養成に支出した援助総額は1287億円にも上るそうです。やれやれ、なんか書いていて空しくなりますね。

(543)西双版納でバナナの値段がたったのキロ0.23元

6月19日の雲南日報によると、「癌バナナ」の噂が広がった影響で、雲南で最もバナナ栽培の盛んな西双版納タイ族自治州では、バナナの価格が暴落し、歴史上最低の水準の1キロ0.23元(約3円、1元は約14円)にまで落ち込んだ。バナナ栽培業者達は「バナナを10キロ売っても米綫(雲南人が常食している米で作ったうどん)一杯すら食べられない」と嘆いているそうです。
バナナ栽培業者によると、西双版納でのバナナ価格の暴落は全てが「癌バナナ」の噂のせいではなく、激烈な市場競争が主な原因だという。確かに大きな損失を被ったが、多くのバナナ栽培業者は依然としてバナナ市場の前途には楽観的で、ある業者は来年のバナナの価格はキロ2元前後にまで上がるだろうと予測している。
四川籍のバナナ栽培業者が記者に語ったところによると、彼は友人と共同して300万元近くの投資をして、景洪市橄欖*三郷で600畝(1畝は666.7u)の土地にバナナを植えた。予定では今年中に投資は回収できる見込みだったそうだ。しかしながら、今年はこのような情況になり、その上昨年バナナを植えた時期が遅く出荷が遅れたので、少なくとも60万元前後の損失を受けた。最近の数日では、ほぼ毎日キロ0.4元の価格で15トンから20トンのバナナを売っている。目下のところ、すでに80トン程のバナナが畑の中で腐っている。また、ここから10km程の橄欖*五郷ではキロ0.3元まで価格が下がっているのだという。
近年の情況から見て、西双版納のバナナの市場的な有利さは、季節はずれに出荷出来ることだった。中国ではバナナのシーズンオフは12月から4月にかけてで、その時期にはいささか価格が上昇する。
西双版納では以前からバナナ栽培は行われていたが、大規模に行い始めたのは2004年からで、その年の作付面積は1.25万畝にも上った。そして、海南・広東・広西・四川・重慶や雲南河口等の省内外の開発業者が西双版納にやってきて、西双版納のバナナ生産は拡大の一途を辿った。今年の1月〜4月期には全州でバナナの作付面積は83500畝以上となり、本年末までには10万畝を越えるだろうと予測されていた。昨年度、バナナの価格が最も高かった時期にはキロ2.6元前後の価格を維持していた。その頃、一部の業者の最高買入価格はキロ3元にも達していたそうです。この一時期、西双版納のバナナ栽培は最も利益が多い産業の一つとなり、「黄金バナナ」と呼ばれるほどだった。そして、バナナ栽培の為の土地の借地料は2004年の1畝約350元から、今年は1畝約1100元にまで上昇していた。
今年、大量の開発業者が西双版納のバナナ産業に参入したが、多くの業者が市場の動向の把握がうまくなく、春節の後に争って大量に出荷した為、キロ1.9〜1.2元まで価格が暴落してしまった。ちょうどその時、「癌バナナ」が発生したというデマが出現し、それまでに出荷されていなかったバナナは、更に価格が暴落し、キロ1元以下となってしまった。その後、ずっとキロ0.4〜0.8元あたりの価格が続くこととなった。この段階では、「癌バナナ」の噂以外に、シーズンの始まった他のバナナ産地との競争の為に、価格は下がる一方となった。
このような情況にもかかわらず、取材に応じた大多数の西双版納のバナナ栽培業者は自信を喪失などしておらず、機会を正確に把握さえすれば、必ず儲ける事が出来ると信じているそうだ。それに、およそ60%のバナナ栽培業者は、価格の暴落の前に出荷しており、それほど大きな被害を受けなかった事もこの自信につながっているようだ。本年度は迅速に出荷時期の調整を行い、いわゆる「癌バナナ」の噂が根も葉もないデマである事に消費者の理解を得たので、来年のバナナ市場には大いに自信を持っているのだという。
「西双版納の地元農民は、ほとんどバナナ栽培をしていない。バナナ栽培業者の多くは経験のある外地の開発業者なので、市場判断の能力が高いだけでなく、危機対応能力も比較的高いので、問題は大きくなることは無い。来年の価格はおそらくキロ2元以上になるとみられる」と徳宏タイ族ジンポー族自治州から来たバナナ栽培業者の阿東正氏は自信たっぷりに記者に語ったそうです。

(544)昆明から蒙自へは玉渓経由が近道

6月27日の雲南日報によると、昆明市から紅河ハニ族イ族自治州の州都蒙自まで行くには、石林経由の現在の路線より、玉渓経由の高速道路を使った方が、約1時間も走行時間を短縮出来ることが分かったそうです。
この話を聞いて、早速記者が実際に走行して確認を行った。昆明から蒙自に行くには、従来は昆石(昆明−石林)高速、昆河(昆明−河口)公路、紅河大道で行くのが普通で、長距離バスは全てこの路線を利用していた。目下のところ、昆明から玉渓経由で蒙自に向かう道路は、全てが高速道路と一級公路となる。しかし、石林方向から蒙自に至る従来の路線では、昆明から石林までは高速道路だが、石林から紅河大道までの200キロ近くが2級公路となる。
まず、行きは玉渓経由で、昆明から玉渓までは約1時間(高速道路90キロ)、玉渓から江川までが20分(高速道路32キロ)、江川から通海までが20分(一級公路24.5キロ)、通海から建水までが40分(高速道路62キロ)、建水から蒙自までが約1時間(建水−鶏街は高速道路50数キロ、鶏街−蒙自は一級公路30キロ)で、合計約300キロで走行時間は約3時間半だった。帰りは石林方向へ昆河公路を使って戻ったが、鶏街から石林までは二級公路なのでスピードがあまり出せず、走行時間は結局5時間以上もかかったそうです。

蒙自と紅河大道については(514)で紹介しましたが、蒙自自体が街として大発展しているので、昆明からの交通量も増加しているようです。今年の三月、筆者が蒙自に行った際も、石林経由しか路線が無かったので、途中の食事休憩の際に、運ちゃんに「なんで玉渓経由のほうが早いのに玉渓経由の便が無いの」と聞いてみました。運ちゃんの答えは明確で「路線の変更は手続きが面倒だし、高速を多く使えば料金が高くなる。長年付き合いのある食堂との関係もあるしね(一般的に長距離バスの食事休憩に停まる食堂は、運転手が客を連れてきた事になり、リベートが支払われる)。それに路線を変えたら今までの沿線の客を拾えなくなる」のだそうです。でも「うちらみたいに個人経営じゃなく、価格が高くても、途中乗車の客の事を考えなくてもよい豪華高速バスなら、玉渓経由になるんじゃないの」とも言っておりました。

(545)ついに普*茶バブル崩壊!
     (*はさんずいに耳)

6月27日の雲南日報によると、6月3日に普*市寧*ハニ族イ族自治県でマグニチュード6.4級の地震が有り多大の被害を出したが、この地の名産のプーアル(普*)茶の価格も、この一ヶ月間に価格の大激震が続き、20%〜50%の暴落をしたそうです。
投資者が買い漁った、数百万、果ては千万元にも上る普*茶があっという間に大きく値を下げた。この普*茶の暴落には市場も手を打つ間もなかったそうだ。国務院発展研究センターの関係部門責任者、省人民代表大会常務委員会農工委員会の責任者、省内の茶葉業界の有識者達が、口をそろえて言うには、「普*茶が消滅したわけではなく、全ての人がこの貴重な財産を保護し守っていく義務がある。市場の起伏やごく少数(?)の投機的な業者に振り回されること無く、普*茶の保健養生文化を伝承していく事が大切なのだ」そうです。
26日、康楽茶城で百人近い関係者を集めて、普*茶の現況を論じるシンポジウムが開催された。そのシンポジウムでは、今回の普*茶の価格暴落について以下の三つの点が指摘されたそうです。

1、落ち込んだ理由は上がりすぎたから

普*茶が先ず広東市場で暴落したのは、値が上がりすぎていたからだ。これは市場の正常な反応だ。金融資本が普*茶市場に参入し、少数の投機的業者によって買いだめ投機され、併せて一部の銘柄が誇大宣伝によって神格化された後、茶の価格が急上昇したが、これは経済規律に則った安定した発展ではない。このような価格の暴落という結果で、普*茶市場は消費者や茶葉生産業者の利益を大きく損なうこととなった。儲けたのは少数の投機業者と、その斡旋をした業者だけだった。

2.消費者から遠く離れてしまった

新聞や雑誌上に出現した、まるで株式の数字をあげつらう様に、お茶の価格を論じる風潮が蔓延した。これは多くの消費者から離れ、普*茶の拠って立つ基礎からも離れてしまった。このバブル崩壊の原因は、市場の管理機構が不健全だったからとも言える。管理機構が存在せず、原材料の奪い合いや利益の取り合い現象を調整できず、市場の膨張にまったく対処出来なかったからだ。

昆明では昨年13.8万トン規模の茶葉交易市場が有ったが、今年になってまた幾つかの交易市場が建設された。これらの交易市場建設に対しても管理が徹底しておらず、抑制が出来ず益々増加の一途を辿っている。この為、普*茶は少数の人たちによる買いだめ投機の道具となってしまった。

3.熱くなるのも冷めるのも予想通り

以前、熱くなったのは道理が有り、現在、冷めてしまったのも予想通りだ。この数十年の発展により、普*茶は強大な物質的な基礎を有した。豊富な資源と、各民族の豊かで多彩な茶文化と歴史、消費者の潮流と需要に適応してきた事等、物質と文化の結合(?)、これこそ普*茶のブームが起きた理由だった。しかしながら、熱がさめると、我々が冷静に思考することを助けてくれた。普*茶はそもそも飲料であり、それを株と同じに見立てて売り買いするというのは、大きな間違いだった。それに加えて、必要以上に持ち上げ宣伝し、ある業者の目は、オークションの値のみに釘付けされ、広範な消費者の為に、普*茶を一つの消費物として発展させたり、大衆が喜んで飲む大衆飲料に育てる事を怠った。普*茶は株ではなく、栄養ドリンクでもないのだ。

普*茶バブルについては(527)で紹介しましたが、あっという間でしたね。まあ、ほとんどの人が美味しいと思ってもいないお茶に(筆者は好きですが)投資目的だけで、大勢の有象無象が群がったのですから、バブルがはじけるのも早いはずです。お茶道楽は身上を潰すと言われるくらい、中国のお茶の世界は奥深いのですが、素人が気軽に立ち入れる世界ではないという事でもあるのです。


第108報(2007年6月30日)

(536)景谷県城のホテルで爆弾心中、隣の宿泊客もとばっちり
    (*はさんずいに耳)

5月4日の雲南日報によると、3日の午前6時40分頃、普*市景谷タイ族イ族自治県県城の錦迪大酒店の一室で爆発事件が発生し、二人が死亡、一人が重傷、一人が軽傷を負った。地元政府は今回の事件を重大な治安破壊行為と認識し、直ちに警察当局に事件の全容の解明を指示したそうです。
錦迪大酒店の従業員によると、爆発が起きたのは406号室で、この部屋に5月2日にチェックインした男女二人は、爆発で死亡した事が確認されたという。この爆発により隣の405号室に泊まっていた二人の宿泊客も巻き添えとなり、負傷した。負傷者は直ちに救急車で病院に搬送された。
錦迪大酒店は四階建てのホテルで、4回に在る406,405号室の窓は吹き飛び、壁も崩れてしまっていた。下から見ると、部屋の中の物は全て吹っ飛んでしまっているように見えるそうだ。この爆発で、錦迪大酒店の向かいに在る金登大酒店でも、爆発による飛来物で負傷者が出たという。
3日の午後8時、記者は成都軍区昆明総医院(昆明医学院付属病院と並ぶ、雲南で最も医療設備とスタッフが整っている病院と言われている)に搬送され治療を受けている、405号室に泊まっていて爆発の巻き添えとなった女性を取材したが、「いったい何が起きたの? 部屋の中に居ても爆発でケガをするなんて?」と混乱している様子だったらしい。この女性のカルテによると頚椎骨折と診断されていたが、このケガの重さはまだ分かっていないそうです。
5月5日の雲南日報によると、普*市公安局の発表では、爆発で死亡した男女は、男が刀召仁、女が段明英で、二人とも景谷県人だった。初動捜査の結果から、現在、警察当局は自殺事件と見ているらしい。怪我を負った馮某と楊某は昆明市嵩明県人で、405号室に宿泊しており、406号室の爆発の巻き添えとなったようだ。目下のところ、負傷者は昆明に搬送され、治療を受けていると報告されている。
現場検証によると、爆発の有った406号室は内側から鍵が掛けられており、室内には二人の死体以外、刀召仁が所持していた携帯電話、1973年生まれと記載された刀召仁の身分証明書、そして刀召仁名義の爆破証(おそらく爆発物取り扱い許可証のようなもの)があった、ホテルの記録によると、5月2日の11時42分に刀召仁は段明英の身分証明書を使って宿泊手続きを行い、20時01分に二人はホテルにチェックインをした。そして、翌日早朝の爆発まで二人は部屋から出てこなかった。
警察の調べによると、刀召仁は景谷県正興鎮正興村民委員会正興村民小組の一員で、既婚。段明英は景谷県威遠鎮新 平村 民委員会呂家村民小組の一員で、1986年5月10日生まれの未婚、景谷県城の景谷県中密度板工場外に部屋を借りて住んでいた。
刀召仁は最近景谷県にも増えてきた建設作業員で、爆破作業に関わっていた。刀と段は、ある時以来より不倫関係に陥っていたとみられる。現場に残された衣類は全て刀と段の遺留品で、警察の判断によると、この爆発事件は刀と段の二人が家族と不倫関係を正確に処理し切れなかった為、自暴自棄となり、心中という形で決着をつけたものとみている。この事件の更に詳しい事実関係と爆発物の入手経路を探る為、今後も警察当局は捜査を継続していくようだ。
また、爆発の有った錦迪大酒店は、すでに正常営業に戻っているそうです。

この記事には写真も掲載されていましたが、406号室がきれいに吹っ飛んでおり、外から見るとビルに穴が開いているような状態でした。中国ではこのような業務用の爆発物での事件が多発しております。そもそも、この国の爆発物管理が余りにもユルすぎるのが原因なのでしょう。筆者も工事現場の見張りもいないような掘っ立て小屋に、爆発物が収納されているのを何度も見たことがあります。以前、断崖絶壁の山道を歩いていて、発破作業の現場に遭遇し、作業員の誘導のまま軽い気持ちで発破現場のすぐそばの非難洞に入りました。ところが、爆発力が凄まじく、衝撃で上から破片が落ちてくるし、耳を塞いでいたにもかかわらず、一瞬空間が歪んだかのような強烈な衝撃を受け、如何に危険な場所に身を置いていたのかが分かって恐ろしくなりました。今から思えば、わざわざ危険な発破現場の近くに残らず、現場から数十メートル離れるだけでよかったのですが‥。その後、作業員のおじさんがダイナマイトや起爆装置を気軽に手にとって解説してくれましたが、このユルさはいかにも中国的だなあと変に感心した事を覚えています。

(537)今年の5月ゴールデンウィーク
    (*はさんずいに耳、#はさんずいに真))

5月9日の昆明日報、雲南テレビネット、雲南日報より。
8日の雲南省休日観光消息統計予報センターの発表によると、今年の5月のゴールデンウィーク「五一黄金週」(五一とは5月1日のメーデーの事で共産党政権になってからは重要な休日となっていた)期間中に省内の観光地を訪れた観光客数は、延べ419.34万人で前年同期より28.37%増、観光総収入も17.48億元で27.1%の大幅な増加だったそうです。
今年の5月GWの期間中には、2007年中国昆明国際文化観光祭が開幕され、16の州市が各種の特色ある文化観光活動(?)を行った。昆明・曲靖・玉渓・西双版納・大理・麗江・保山・徳宏・紅河・普*・楚雄・迪慶等の州市は、観光客数が昨年同期と比べると増加傾向を維持しており、持続的な発展傾向にある事が証明された。その中で、徳宏・紅河は継続して核心的な観光地区の役割を発揮しており、昨年同期と比べて徳宏は観光客数が44.5%増の延べ7.1万人、紅河が68.55%増の13.54万人と高いものだった。また、玉渓を訪れた観光客は延べ60.95万人となり、全省で昆明に次ぐ第二位となった。これと同時に、新興の観光地区も良好な増加傾向を示し、その中でも臨滄は前年より88.3%増となり、普*はなんと95.21%増となった。
全省の新旧観光地は様々な手立てを講じて内外の観光客を呼び込み、省内20の主要風景区にGWの七日間に訪れた観光客は、延べ81.39万人で昨年より10.9%増だった。特に増加が目立った風景区は雲南民族村(昆明市中心の南、#池北岸に建設された雲南少数民族の文化・民俗・生活形態を紹介するテーマパーク)で、新しく増加された少数民族の村に加えて、夜市を開催して夜でも入場客が楽しめるようにしたのが、入場客の増加に繋がったようで、風景区の中で最も多い延べ13.81万人もの観光客を集めた。これは前年同期よりも142.6%の増加となった。この他、石林・昆明世博園・麗江玉龍雪山・玉渓撫仙湖への観光客数がそれぞれ延べ4.9万人を超え、濾西阿廬古洞では51.4%増、虎跳峡は27.2%増だった。
この間、省内各地への民用航空は4573便が運航され、乗客数は47.76万人となった。これは昨年より841便の増便となり、乗客数は延べ10.34万人の増加だった。鉄道は462本が運行され、乗客数は延べ89.57万人となり、昨年と比べて24.25%増となった。

(538)僻地農村生徒への寄宿費の補助金が増額

5月21日の新華社ネット雲南版によると、農村貧困家庭の子弟の進学・就学難を緩和する為に、雲南省では農村義務教育段階貧困家庭寄宿生徒への生活補助費を引き上げる事を決定していたそうです。
今年の春学期から(もうすでに始まっているようです)、雲南省農村義務教育段階貧困家庭寄宿生徒の年間生活補助費が、従来の小学生150元、初級中学生250元から、小学生が250元、初級中学生が350元となった。そして,支給対象も農村部の貧困家庭寄宿生徒だけでなく、都市部に住む農村戸籍の貧困家庭寄宿生徒にも拡大して支給されることになった。
また、プーラン族・アチャン族・ドゥーアン族・ドゥーロン族・ジノー族・プミ族・ヌー族の7つの人口が極めて少ない少数民族の寄宿生徒と、全省41ヶ所の民族中学・小学校生(民族中学・小学校は僻地に住む少数民族を県城等に集めて教育を受けさせる少数民族対策事業で基本的に全寮制となる)、貧困県の第一中学民族部寄宿生徒(第一中学は普通その県で最もレベルの高い中・高校で、貧困県の成績優秀な少数民族生徒はここの民族部に編入され寄宿生活をする)には、毎年一人当たり小学生が300元、初級中学生が350元の標準生活補助費が支給される。さらには、特殊教育学校の寄宿生徒には毎年350元が、三つのチベット族が多く居住する県の生徒には毎年一人当たり1000元(なんたるチベット族優遇政策!)の生活補助費が支給されることになったそうです。
記者が雲南省政府弁公庁に取材したところ、この農村義務教育段階貧困家庭寄宿生徒への生活補助費の資金は、省と州・市、県・市・区の三段階の行政機構が共同で負担しており、この基金を設立して以来、主に政府が主導して各方面から資金を集め、厳格な管理を行い、横領や着服、流用等を防いできたのだという。全省の各教育部門・財政部門と学校は、これからも規律検査を積極的に受け入れ、監察や会計監査部門等の監督・検査を通して、農村貧困家庭生徒への生活補助金の虚偽の報告や、横領、着服、流用等の行為に対して、関係者の責任を追及する事となるそうです(やはりこの補助金とやらが腐敗の温床となっているようですね)。

雲南の貧しい農村部の教育施設は、以前のお寺や廟を改造したものが多いので、筆者のように古い建物を見つけると必ず写真を撮りに近づく人間には、結果的に小学校を参観する機会が多くなります。日本とは違い、古い建物の写真を撮りたいと言えば、学校の中に気軽に入れてくれますし、そもそも田舎の小学校だと、地元の人が気軽に学校の中に立ち入れる学校の方が多いような気がします。というわけで、田舎の小学校を見学する事が多いのですが、なんといっても都会の小学校と違うところは、生徒たちの寮が有り、子供たちが学校の中で生活している事です。ほとんどが二段ベッド、三段ベッドをぎっしり詰め込んだタコ部屋のような寮で、小学校まで徒歩で通えない僻地の子供達が収容(?)されています。教育インフラが整っていない為(一種の愚民政策で農村地域への教育予算は伝統的に極めて少ない)、地方では寮住まいをしなければ小学校教育さえ受けられない子供は非常に多いのです。一口に寮住まいといっても、現金収入の極端に少ない僻地の山村の農民にとって、授業料と教科書代以外に、寮費や食費・生活費まで負担しなければならないのは、かなりの重荷となります。今回の補助金増額は歓迎すべき事ではあるのですが、雀の涙程の増額では、焼け石に水のような気がします。ましてや中学進学となると、中学は小学校より圧倒的に学校数が少ないので、寮生活をしなければならない生徒数は物凄い数字となり、実際そのために中学進学を諦めなければならない子供達が圧倒的なのが実情です。本当にこの国は貧しい人達にとって、つくづく厳しい所だと実感します。

(539)個旧市に世界初の錫博物館開館!

5月22日の雲南日報によると、近日(?)、世界初の錫の博物館となる、雲南錫博物館が個旧市の個旧雲南錫業集団公司の敷地内に正式に開館するそうです。
雲南個旧錫業集団公司の歴史は中国の錫産業発展史の縮図のようなものである。個旧での錫産業開発の歴史は古く、二千年以上前の漢代から始まるといわれている。成立してから120年以上にもなる雲南個旧錫業集団公司は、中国の錫工業の基幹企業へと発展し、併せて長年積み重ねられてきた濃厚な錫文化の内実がある。
雲南個旧錫業集団公司は、2004年9月より錫博物館を建設する為の資金調達を開始した。昨年の2月13日に正式に着工し、今年の2月に試験開館をした。本館の総面積は5600平方メートルで、収蔵・展示されるのは5000点近い文物・標本・模型・彫塑・写真等で、展示室も総合展示室・歴史室・資源室・科学技術室・商品室・文化室・展望室・実演広報室等に分けられている。展示品の内容は歴史的・地理的に広く収集されたものとなり、錫産業の西漢時代から現代までの二千年以上の発展の経路と、雲南個旧錫業集団公司の120年余りの発展・繁栄を反映したものとなっているのだそうです。

(540)昆明−曲靖間に新たに都市間直行列車を運行

5月29日の雲南テレビネット、都市時報より。28日の昆明鉄道局の発表によると、6月1日より雲南第一の都市昆明から第二の都市である曲靖まで、毎日往復二本の都市間直行列車を運行する事となったそうです。
昆明から曲靖までは106分の運行時間となり、目下のところ昆明鉄道局管内においては最も速度の速い列車となるようだ。これにより省第一の都市昆明と第二の都市となる曲靖が直行列車で結ばれ、多くの両都市を行き来する乗客の便利な足となる事が期待されている。また、料金も魅力的で、硬座(二等座席)はたったの20元(高速バスの約半額)となる。
雲南で初の電化された複線の路線となる沾昆(沾益−昆明、沾益は曲靖駅から北へ約10キロのところにある鉄道の要衝)複線が4月15日に開通した。この電化・複線化された路線の開通で、昆明と曲靖間の輸送能力は倍増以上となり、都市間直行列車を運行する条件が整った。この昆明−曲靖線は電動車両で、四両編成の定員372人、その内、硬座の定員が244人、軟座(一等座席)の定員が128人となる。途中駅には一切停止しない直行列車となり、運行は毎日往復二本で、時刻表は以下のようになった。

T902次 昆明 8:00発   曲靖 9:46着

T901次 曲靖 10:14発  昆明 12:00着

T904次 昆明 13:00発  曲靖 14:56着

T903次 曲靖 15:50発  昆明 17:36着

この路線には三つの特徴が有るそうだ。第一に速度が速い。走行時間は106分で、昆明鉄路局管内で最も速い昆明と北京西駅を結ぶT62次列車と比べても、13分速くなっている。第二は乗客へのサービスの向上。昆明鉄道局はこの路線に素質の高い乗務員を重点的に配置し、旅客の乗降に便利なように様々な措置を講じており、例えば乗客が切符を購入せずに直接乗車して車内で切符を買い求めても、従来のように乗車券以外に発券手数料を取らない事となった。第三は料金が安い事。硬座が20元、軟座が30元となり、高速バスと比べても、所要時間が短縮されるにもかかわらず、かなり割安な料金となっているそうです。


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