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いわざわ雲南通信舎

中国雲南省に詳しい、いわざわ氏によるホットな雲南情報。
2005年2月25日、第81報!!


第81報(2005年2月25日)


(401)昆明でも「お手伝いさん」不足

12月8日の新華社ネット雲南版によると、年の瀬が近づく昆明では家政婦不足が深 刻となっているそうです。関係者によると、目下のところ、昆明市では5万家庭が家 政婦を必要としているが、約40%の家庭にまだ供給出来ていない状態らしい。
記者が昆明市内の多くの家政婦斡旋業者に取材したところ、11月初め頃から家政婦 の不足が深刻となり、多くの家庭が困っているようです。昆明朝輝家政服務公司の責 任者蒋氏によると、「わが社は400人以上の家政婦を管理・派遣しているが、目下の ところ、まだ100家庭以上が手配を待っている状態だ。わが社は思茅・大理・楚雄・ 徳宏・臨滄等に係員を派遣して、現地で急募して人を集めています。この一カ月で 100人もの応募が有りましたが、11月分はたったの20人でした(?)」。
昆明市政民社区家政服務站でも似たような問題を抱えているようで、「現在、ここで は1200名以上の家政婦を管理・派遣していますが、11月上旬から現在(12月初 旬)までに、おおよそ500家庭から家政婦を派遣してくれとの要請が来ています。と ても需要が供給に追いつかず、我々にはどうしようもない状態」なのだそうです。
関係者によると、この時期の家政婦不足の大きな原因は、「なる人が少なく、やめる 人が多い」からなのだそうだ。年末から春節(旧正月)の前に、多くの農民は家を離 れて出稼ぎには出たくなく、また多くの現在働いている家政婦達も、この時期には家 に帰って新年を迎えたがっている。その為、春節の前後に昆明に残る家政婦は益々少 なくなってしまう。ある家政服務站では、都市のリストラされた女性労働者と50〜 60代の退職した女性(中国では女性は50歳定年が多い)をこの業界に引き込もう と努力しているのだという。
都市が益々豊かになってきているという象徴的な現象なのでしょうが、北京や上海で は当たり前の事であった家政婦雇用が、とうとう昆明でも特別な事ではなくなったよ うです。近年、農民の収入増のために労務輸出(出稼ぎ)を積極的に推し進めている 雲南省ですが、以前、臨滄市では特に家政婦輸出に力を入れているとの記事を読んだ 事があります。それにしても、プライドが高く労働意欲が極端に低いといわれる国営 企業の労働者に、サービス業の中でも地位が低くハードだと言われる家政婦業が務ま るのかどうか、とても疑問です。

(402)省内の農民収入が6%以上も増加

12月17日の春城晩報より。
16日に開催された雲南農業発展シンポジウムにおいて明らかにされたところによる と、雲南省の農民平均純収入が大幅に増加し、物価上昇の要素を控除しても、増加率 は6%を越え、ここ十年来で最も高い増加率となったそうです。同時に全省の穀物産 量が300億斤(?)を突破し、全省農業総生産量も5%を超える増加を示した。
2004年度は政府の財政が農業を最も支えた1年でもあった。雲南省は中央政府から 30億元の資金の提供を受け、様々な支援を行った。 穀物補助金もその一つで、こ れにより農民の穀物生産の積極性が高まり、穀物作付面積は6200万畝(一畝は666.7 ?)にも拡大した(以前の作付面積の記述はナシ)。そして、サトウキビ生産高も1 畝当たりかつての3.5トン前後から、4.2トンへと大幅に増やす事が出来、お茶の作付 面積も280万畝に増え、生産量も9万トンを越えた。
また、農業施設への設備投資も大幅に増加し、2004年度の農業用水の貯水量は63.8億 立方メートルとなり、前年度より10億立方メートルも増加した。
穀物への補助金、税の免除等の政策の実施により、雲南の農民収入は全面的に上昇し た。2003年度の全省農民平均純収入は1697元だったが、2004年度は1900元前後になる と期待されており、年初に決めた100元増という目標を大幅に上回ったのだそうで す。
自画自賛丸出しの記事ですが、GDPの成長が近年ずっと7〜9%増が続いている中 国で、6%を越える収入増加が画期的だというのは、いかに経済成長が農村には波及 していないということの証明でしょうし、この増加も農業生産においての収入増加と は明記されておらず、都市への出稼ぎの爆発的増加による収入増が影響していると考 えるのが妥当の様な気がします。

(403)大麗鉄道着工!
    (*はさんずいに耳。#はさんずいに真)

12月20日の雲南日報によると、かねてより建設計画が進められていた大麗(大理 −麗江)鉄道が、12月20日より着工されるそうです。
この大麗鉄道は国の西部鉄道網の重要な幹線となる路線で、広大(広通−大理)鉄道 の大理東駅を起点に、*海東岸を北上し、上関・西邑・鶴慶を経て麗江に至る全長 167キロの路線です。この路線の恩恵を被る地域は大理州をはじめ、麗江市・迪慶州 ・怒江州で、約520万人の人々の生活に影響を与える事になるのだそうです。
大麗線が完成した後も、麗江からシャングリラ(香格里拉)まで線路を延長させる計 画があり、開通すると大理・麗江・シャングリラという大観光地を結ぶ「黄金の観光 路線」となる事が期待されているようです。
雲南省の全省鉄道総距離は2982キロですが、営業距離は2015キロにしか過ぎず、全国 の鉄道営業総距離数の3.5%でしかない。また、雲南省の鉄道密度は一万平方キロ当 たり2.41キロで、これは全国でも下から二番目の省となるそうだ。経済発展がめざま しい雲南でも物資の輸送の需要が日増しに高まっているが、この様な貧弱な鉄道網で は需要には到底追いつかず、現在は需要の約20%位しか輸送が出来ていないという のが現実のようです。
省政府の高官によると、「雲南の発展の為には鉄道輸送は欠かす事の出来ないもの だ。しかしながら、現在のような状態では鉄道が雲南発展のボトルネックとなってし まっている」そうだ。この為、大麗線の着工の後、来年には汎アジア鉄道玉渓−蒙自 間の着工が決まっており、続けて中国ミャンマー鉄道大理−瑞麗間と中国ラオス鉄道 玉渓−磨憨間、#蔵鉄道麗江−シャングリラ間も近い将来に着工の運びとなる ようです。

(404)新昆明駅舎落成・雲南鉄道博物館開館

12月29日の雲南日報によると、建設中だった昆明駅の新駅舎が完成し、28日、 省と市の党・政府要人が出席して、盛大に落成記念式典が行われたそうです。
以前の昆明駅舎は1969年に建設されたもので、近年の列車発着数・乗降客数の大幅増 に対応する事が出来なくなった為、2003年7月より新駅舎の建設が進められていた。 これは、国の第九期五カ年計画の重点建設項目である成昆(成都−昆明)鉄道電化工 程の重要な一部分であるだけでなく、昆明市の重要な都市シンボルの建設ともなった ようです。
この新駅舎は総工費4億2717万元を投じて建設され、その内雲南省が出資したのは 1.6億元だった。建設は順調で、なんと計画より5カ月も早く完成させたそうで、今 年の春節の民族大移動の前に予定外に投入・運用する事が出来ました。新駅舎には四 つの普通乗客待合室と三つの貴賓乗客待合室、一つの母子乗客待合室・軍人乗客待合 室を有し、乗降客をさばける最大数が以前は1500人だったのが、7000人にまで増加し た。また、一日の乗降客処理能力は最大7.5万人にまで拡大する事が出来たのだそうです。
同じ12月29日の雲南日報によると、敷設されてまもなく百年を迎えようとしてい る*越(昆明−ハノイ)鉄道を記念して建設された、雲南鉄道博物館の開館式が、 28日に行われたそうです。
この雲南鉄道博物館は昆明北駅に隣接して建設され、総面積3176平方メートル、その内綜合館は 2136平方メートル、列車車両館は1040平方メートルで、鉄道部門が収集した大量 の文物・文献・資料や写真 等が9593点も展示されているようです。その展示品の中には国家一級文物(日本の国 宝に相当)8点、国家二級文物10点、国家三級文物118点が含まれています。
この歴史文物や文献・資料・写真等にはかつての鉄道マンの苦労や不屈の民族精神が 表されており、愛国主義教育の最も適した教科書となるのだそうです。すでに、この 博物館は全国及び雲南省の愛国主義教育基地に指定されているそうです。
記事には意図的なのか触れられていませんが、この*越鉄道を建設したのはフランス であり、鉄道の権益もフランスが持っており、この鉄道は当時のフランス領インドシ ナに隣接する雲南省を植民地化していくための第一歩でした。まあ、南満州鉄道のよ うなものです。それをちゃっかり愛国主義教育に利用するとは、例えは悪いですが、 「人のふんどしで相撲を取る」というのはこのことかと思わざるを得ません。

(405)クアラルンプール−昆明線開通 !

1月10日の雲南日報、17日の春城晩報によると、15日午後12時50分、マ レーシアの首都クアラルンプールから飛んできたエアバス330−200が昆明空港に着陸 し、これによりマレーシア航空によるクアラルンプール−昆明線が正式に開通 したそ うです。
この路線が開通する以前にも、昆明−クアラルンプール間は不定期便やチャーター便 が運行されることはありましたが、平素はハノイ・バンコク・シンガポール等で乗り 換えねばならず、不便で開通が待たれていたそうです。この路線は週三便(水・土・ 日)の当日往復で運行され、シンガポールへも、クアラルンプールで乗り換えれば約 1時間で、空港から車で行っても3時間余りで行くことが出来ます。また、マレーシ ア航空にとっては、北京・上海・広州・アモイ・成都・香港に次ぐ、7番目の中国路線 となるようです。
なお、この第一便の航空機は、昆明から約8トンもの雲南名産の切り花を積んでクア ラルンプールに帰って行ったそうです。

(いわざわ)


第80報(2005年1月19日)


(396)新たに三つの街が省級歴史文化都市に

11月16日の雲南日報によると、15日、通 海県城・姚安県光禄鎮・塩津県豆沙関 の三つの街が、雲南省政府により新たな雲南省省級歴史文化都市に認定されたそうで す。この三つの街は、ともに歴史がある民族情緒豊かな古都で、これからの観光開発 が期待されているようです。
玉渓市通海県県城の秀山鎮は、昆明の南125キロの位置にあり、春秋戦国の時代より 人が住んでいたという。元の時代には雲南南部の政治の中心都市となり、街としての 歴史も千年以上となる。宋・元・明・清の時代を通じて、昆明から東南アジアへ通 じ る街道の、重要な交通の要衝だった。
姚安県は昆明市の西隣の楚雄イ族自治州に属し、光禄鎮は県城から北へ12キロ、海抜 1875m、面積は136平方キロ、人口31647人の、漢・イ・回・バイ等の民族が雑居する 農村の街です。歴史は古く、漢代武帝の天封2年(BC109年)に弄棟県が設けら れ、その県城だった場所は現在の光禄鎮の旧城村だそうです。その後も、雲南からイ ンドに至る街道の重要な宿場街であったし、宋代の頃の大理国では八大都市の一つで した。
昭通市塩津県豆沙関鎮は、県城から西へ24キロの関河の南北両岸にある。現在は内昆 鉄道が鎮内を通っており、麻水高速道路の第一番目のインターチェンジとなる等、交 通の便が良い。ここはかつても雲南と四川を結ぶ交通の要衝で、泰の五尺道、漢代に 改修した南夷道、隋・唐に開通した石門道等の重要な街道上の宿場街だった。南詔国 (794〜902)時代に石門鎮が置かれ、街はすでに1300年以上の歴史が有るそうです。
この三つの街に行った事がありますが、豆沙関鎮が歴史文化都市に指定されるとは 思ってもみませんでした。遺跡や旧跡は幾つか有りますが、そのまま保存されている わけでもない地味な街道街で、それ自体が評価されたというのは喜ばしい事だと思い ます。筆者が行った数年前でも近代化の波で現代風の建物が増えつつありました。昭 通市北部はほとんど四川文化圏となり茶館が街のいたるところに有ります。市の日、 清代に建てられたという古いボロボロの茶館で、いまだに人民服を着た老人たちと 語ったり、行きかう農民達を眺めたりしていると、なにかタイムスリップしたような 気分になった事を思い出します。あの雰囲気がそのまま残っていれば好いのですが。

(397)雲南−インド貿易が1億米ドル突破!
    (*はさんずいに真)

11月22日の雲南日報より。今年に入ってから、雲南省とインドとの貿易が急速に 増加し、昆明税関の統計によると、本年度の上三期(1〜9月)のインドとの輸出入 貿易総額は1.1億米ドルにも達し、前年度同期よりも約1.5倍もの増加だったそうで す。
2003年度の雲南とインドの貿易総額は6133万米ドルで、雲南省の貿易相手国としては 第七番目の位置を占める重要な国家となった。昆明税関の説明によると、今年に入っ て飛躍的に貿易額が増えたのは、鉄鉱石の大量輸入が大きな原因だったそうです。イ ンドからの鉄鉱石輸入は前年同期の2.6倍増となり、輸入総額の91.8%を占める。同 時に、雲南からインドへの主要な輸出品である黄燐も1.2倍増となっている。
省商務庁の資料によると、雲南省とインドとの貿易産品は原材料が主となり、雲南か らインドへは燐鉱石・黄燐・鉛塊・亜鉛塊等で、その中でも黄燐と燐酸製品が輸出の 5割以上を占める。インドからの輸入品は、鉄鉱石・酸化アルミニューム・クロム鉄 鉱等である。貿易関係者によると、目下のところのインド貿易は、一般貿易が主で、 加工貿易・技術貿易・サービス貿易等は、まだ発展する兆しはない。だが、双方の資 源・商品と技術はお互い相互補完出来る可能性が高く、将来の貿易の発展の見通 しは 明るいのだそうです。
実は雲南とインドは古くから密接な繋がりがあり、現在「西南シルクロード」と呼ば れて宣伝されているインドに至る街道が有りました。南詔国の時代にはこの道を伝っ てインドの僧侶が大理にインド密教を伝え、南詔国の国教となり庶民にも広まりまし た。第二次世界大戦中には、雲南とビルマを結ぶ援蒋ルート(蒋介石を援助するルー ト)と呼ばれた*緬公路が日本軍によって封鎖された為、麗江からチベットを経てイ ンドに至る「茶馬古道」と呼ばれた茶の交易路を使って、馬で戦時物資の搬入が行わ れました。当時の麗江は、インドからの物資の集積地として、小上海と呼ばれるほど 繁栄したそうです。それから「西南シルクロード」の件ですけど、古代雲南からシルク を輸出したという記録はないようですが、語呂が好いのかちゃっかり観光宣伝用に街 道名として使っているようです。歴史を自分たちのイデオロギーで如何様にでも書き 換える事が出来ると思っている人達に、何を言ってもムダのようです。嘘も百回言え ば本当に成ると思っているのでしょうから。

(398)緑春長街宴がギネスブックに

11月26日の雲南日報によると、11月22日の夜、紅河ハニ族イ族自治州緑春県 で行われた「ハニ族十月年長街古宴」を、「世界で最も長い宴席」としてギネスブッ クに登録される事が発表され、上海から派遣されて来たギネス職員から公認証書が関 係者に手渡されたそうです。
その宴会は、当日の午後、ハニ族の祭日である十月年を祝う為に行われた。それは当 地の伝統的な宴会方式である、通りに食卓を延々と並べて地域住民総出で盛大に飲食 を行い、豪華さを競うというものだった。これは「長龍宴」とも呼ばれ、長い龍のよ うに延々と食卓が連なる様を指しています。この日は、なんと2041もの食卓が並べら れ、その長さは二千メートル余りにも達した。また、この宴席の参加者は一万人以上 にも上ったそうです。
筆者は残念ながらまだこの「長街古宴」に遭遇した事はないのですが、写真などで見 るとホントに凄まじい浪費で、まさに蕩尽の言葉が相応しく感じられます。

(399)紅河州に二本の高速道路が開通

11月28日の雲南日報によると、紅河ハニ族イ族自治州政府によって建設が進めら れていた鶏石(鶏街−石屏)・通建(通海−建水)高速道路が、26日の午後、二本 とも同時に開通したそうです。
鶏石高速道路は起点が個旧市鶏街(開遠−個旧公路の中間点に有る街)で、建水を経 由して石屏県城までの全長98.47キロ、通建高速道路は玉渓市通海県城から建水県城 を結ぶ全長61.750キロの道路で、この二本の高速道路は建水で接続することになりま す。以前は通海から建水まで三時間以上かかりましたが、この高速道路が完成する と、一時間位で行けるようです。
紅河州交通局の王宝基局長が記者に語ったところによると、「この二本の高速道路 は、州政府が独自に資金を集め、総工費34億元を投じて建設されました。この公路 が開通すれば、国道326、323,213号線の重要な接続を担い、紅河州の東西南北の各 地区を密接に結合することになる」という。
27日朝8時より、この二本の高速道路は正式に通行料金の徴収を開始し(おそらく 初日は無料だったみたいです)、1トン以下の貨物車と10席以下の乗用車の通 行料 金は、鶏石高速道路が35元、通海高速道路が25元となるそうです。
建水という街が好きで何度も行きました。通海から建水までは、道が悪く時間はかか りましたが、印象的な景色が多く記憶に残っています。通海を出るといきなり渓谷を 下り、川辺の曲江鎮を過ぎると、禿山に赤土と石ころの荒涼とした景色が増え、村々 の様相もこれまでとは一変します。特に当時の李浩寨はまさに砦のような奇観で、後 にわざわざこの村を訪ねて行った事もあります。昨年もここを通過したのですが、新 築の建物が増えていて、以前の面影は無くなっていました。

(400)腎臓売買広告が病院のトイレに

12月6日の雲南日報によると、昆明市の幾つかの病院構内に「腎臓売ります」とい う広告が多数貼られていると、読者から電話が多く寄せられたそうです。
4日、記者が昆明医学院第一付属病院を訪れ、診療棟の二階と三階の階段の壁に、 「借金を返す為に腎臓を売ります 連絡先・電話132087xxxx」と書かれた広告を 発見した。また、省第一人民医院や省紅会(赤十字)医院等でも同様の広告を発見し た。書かれている内容は大体同じで、借金を返す為に腎臓を売りたいとか、人助けの 為に腎臓を売りたいというものだった。記者はインターネットでもこの件を検索して みると、ネット上にも腎臓売買の情報があふれている事が判明した。
そこで、記者がある広告上の電話番号に電話をして取材を試みた。売り手は自称「老 馬」と名乗る男だった。彼が言うには、商売で借金を背負い、万策尽きてもう腎臓を 売るしかないと判断したそうだ。そして老馬は何度も自分は健康な体だと強調し、腎 臓一個の売値は10万元だと主張した。記者はぜひ会って話し合いたいと告げると、 老馬は記者の事を警察官ではないかと疑い出し、もし本当に会いたいなら先に200 元を銀行に振り込めと言って口座番号を教えてきた。そして、関上(昆明郊外の街) の福徳村で会おうと言って電話が切れたそうです。その日、記者は他の広告の電話番 号にも電話してみたが、おおよそ老馬と同じような事を言い、彼ら全てが地元の人間 ではなく、外地ナマリで、指定する待ち合わせ場所も何れも同じ場所だった。
昆明医学院付属第一医院の保安担当者の王さんが記者に語ったところによると、「こ のような広告は病院内で常に見かけます。そのほとんどはサギで、腎臓の売人は尿毒 症患者の焦る気持ちを利用してサギをはたらこうとしている」のだそうです。また、 某大病院の尿毒症専門医張医師が記者に語ったところによると、「もしも臓器の提供 の過程で、金銭のやりとりが有れば、病院は移植手術をすることは絶対にありえな い。国の衛生部門も人体臓器の売買を明確に禁止している。目下のところ、臓器の提 供が認められているのは、血縁関係のある親族のみで、これは親族間の移植手術は成 功率が少し高いからだ。病院でも臓器売買の発生を厳格に防止しようと努力してい る」のだそうです。
専門家によると、1986年に国際移植学会が生体移植での腎臓提供者の基準を決めてい るそうだ。それによると移植に適した死体献体者が見つからない場合で、血縁関係者 からも提供を申し出る者がない場合にかぎり、ようやく血縁関係の無い者の腎臓提供 が認められる。だが、提供を受ける本人や家族、それを支える支援機構は、臓器売買 と誤解を受けないように、提供者に金銭を支払ってはならない事になっているとい う。
5日、雲南省震序法律事務所の楊福順弁護士が記者に語ったところによると、「目下 のところ我が国では法律上、臓器売買については実は明確な規定は無い。しかしなが ら、立法の精神に立てば、人体器官の流通は法律によって禁止されるべきものだ。そ れにまつわる交易は非合法である。この他、我が国の赤十字会法と医療関連法規で は、まず原則的に臓器売買は禁止されており、そして、無償提供を呼びかけている。 もしも、臓器売買が行われたなら、双方は法律で処罰を受けるであろう。腎臓を売っ た者のその収入は、非合法所得として没収されるであろうし、買ったものも同じ金額 の罰金が課せられる」のだそうです。
ほんとにヌルい取材で溜息が出そうですが、へたに真相究明をしようとすれば血の雨 が降るような題材ですので、こういったアリバイ的な記事でお茶を濁すしかなかった のでしょう。世論を喚起して政府を動かすという仕事を担わされていない、この国の 報道関係者にとって、とても関われる問題ではないようです。

(いわざわ)


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