Vol.9
11月2日、木曜日、曇
知人にあるメールを書いていて、昔観た映画を思い出しました。それは、小学生のとき、授業で観た映画でした。
記憶があいまいで、詳しい内容は忘れてしまったのですが、その全体的な雰囲気だけは、今でも鮮明に頭に残っています。いや、心に残っていると言った方がいいかもしれません。
どんな映画かというと、日本人の男の子(小学生くらい)が、旧ソ連(ロシア)を旅し、最後はモスクワで音楽家になる、あるいは、バイオリンを演奏したかしないか、そんな内容だったと思います。この男の子が、どういういきさつでソ連をあちこち旅することになったのか、そのわけも忘れてしまいました。
俺が小学生のころ(あるいは中学生かも)ですから、1970年前後だと思います。だれか、同年代の方で、この映画を覚えている方はいらっしゃらないでしょうか? たぶん「文部省推薦」の映画だから授業にも採用されたわけで、もしかしたら、俺の故郷の山形県だけではなく、全国規模で、この映画が上映されて、当時の小学生がたくさん観賞したということも考えられるわけですから。
この映画を思い浮かべると「放浪」というイメージが蘇ります。当然まだ子どもで、外国を旅しようなどというだいそれた考えは全く無かった時期です。今なら、外国旅行は珍しくありませんが、俺が小学生のときは、外国は遠い存在で、裏山の縄文時代の遺跡から、矢じりや土器の破片を掘り出して満足したり、小川に自作した舟を流してずっと遠くまで友だちと歩いたりして遊ぶ程度の子どもだったので、 当時この映画を観て、すぐ外国に憧れるなどということもありませんでした。
ただ、今となってみると、この映画の「放浪」というイメージに、なんか心動かされたのは間違いありません。そして潜在意識として、ずっと大人になるまでこのイメージを持ち続けてきた・・・。そうじゃなかったら、今でも覚えているなんてことはないでしょう。筋は忘れたのに、主人公の男の子の「放浪」している雰囲気だけを。
それにしても、健全な、真っ当な人間を作るためにと観賞させた「文部省推薦」映画が、こともあろうに、いたいけな子ども(俺)の本能を目覚めさせ、社会からはみだす人間を作ってしまったというのは、なんと因果 な話でありましょう。
もうひとつ、映画で忘れられないのは、松本清張の「砂の器」。有名音楽家(指揮者だっけ?)が 、自分の暗い過去を知られたくなくて殺人を犯してしまうという話です。
ストーリー自体も面白いのですが、実は、この映画は何度も観ているにもかかわらず、必ず泣いてしまうシーンがあります。この音楽家が子どものころ、父親といっしょに乞食をしながら、村々を放浪して歩くシーンです。家の戸を叩くと、中から現れた人に追い払われたり、子どもたちにはやし立てられ、村から追い出されたり、食うや食わずの辛い旅なのです。
泣いてしまうのは、彼らがかわいそうだから? それもあるでしょう。あとは、俺自身が、旅先で似たような経験があって、リアリティを感じ過ぎること。それもある。でも、うまく言い表せないのですが、心の中にある何かが刺激される感じです。
悲しさは、喜びでもあり、苦しさは、嬉しさでもある。変な、矛盾したような言葉になってしまいますが、決して俺が泣くのは、マイナス面 だけではなくて、「感動」といっていいような、心の高まりを感じるからです。たとえば、ようやく恵んでもらった少しの食べ物を、子どもは父親といっしょに食べるのですが、こういう時の食べ物ほど世の中にうまいものはないんじゃないかと俺は思うし。
わかってもらえますか? わからない? そりゃそうですね。俺もよくわからないんですから。
このふたつの映画は、「放浪」というキーワードで共通しています。考えてみると、俺は自分の旅について、目的地よりも、行程に、より関心があったことは、旅を始めたときから気がついていました。
どこかへ行く、物理的に移動することだけが旅ではないかもしれません。別 な旅もあるんだなぁと、最近思っています。それは心の旅といってもいいのかな。
青柳