Vol.55
2005年1月8日、土曜日2005年、今年も電網写真館 アジアフォトネットをよろしくお願いいたします。 年末に起きたスマトラ島沖の地震と津波による被害は、15万人以上の大惨事になってしまいました。被災した地域は、津波の経験もなく、突然の大波に何がなんだかわからないうちに命を落した人もたくさんいるようです。俺もプ−ケット島に泊まったことがあります。実は、年末、スリランカに行く計画もあったのですが、ある事情で取り止めました。 津波が以前にも発生しているところなら、その対策もあるだろうし、こういう災害と共生していかなくてはならないと、日常生活の中で意識して暮らしています。でも、新聞で「Tsunami」そのものの解説をしている国もあるくらいで、地震のあと津波があるかもしれないことは、まったく予想されていなかったようです。こういうときこそ、日本の知識と経験を生かして国際貢献するべきでしょう。 地震や津波などの突然の災害で、生死を分けたのはなんだろう?と思います。同じところで被災しても、生きる人もいれば、死んでしまう人もいる。「運」でしょうか? そうかもしれません。ある意味「運」は平等です。どんな金持ちだろうと、貧乏人だろうと、頭がいい人間だろうと、そうでなかろうと、「運」そのものは、みな平等に作用します。 でも自分自身のことを振り返ってみれば、生まれてこのかた俺は死神の手から逃れながら生きてきたように思います。一歩まちがっていたら(「運」が悪かったら)、死んでいたという場面 は、俺ばかりではなく、みんなが体験していることでしょう。 極端なことを言えば、父親の精子のひとつが母親の卵子に結びついて俺が生まれました。その時点で、他の精子よりも俺を誕生させた精子は「運」が良かったといえます。もっとも、他の精子もすべて父親のものでDNAは同じなのだから、結果 的に他の精子でも「俺」になっていた可能性はあるけれど。 4才か5才のとき、俺は自転車の荷台から地面 に落ちたことがあります。落ちる直前までの映像は今でもはっきり覚えています。頭を打って、その後の記憶はありません。目が覚めたら枕元で母親がひな人形を飾っていたようなので、ひな祭りの時期だったのでしょう。今でもそのときの傷が額に残っています。よく助かったなと思います。やっぱりこのときも「運」に助けられたのでしょうか? その後も、小学生の時プールで溺れて死にそうになったり、雲南省でバスが転落しそうになったり、シリアで原因不明の熱病で死にそうになったこともありました。「運」が悪かったら死んでしまっていたような場面 を切り抜けてきました。かと言って俺はけっして強運の持ち主だとは思っていません。生死に関する「運」ではない、日常的な場面 では、むしる「運」が悪いことが多いように感じています。 病気、戦争、火事、地震、津波、事故と、人間には次々に死神の手が延びてきます。この中には、まったく「運」ばかりじゃないこともあるでしょう。例えば病気についての知識はあった方がないよりも助かる可能性は高いかもしれませんが。遺伝的な病気の場合、DNAが持っている性質でしょうが、これも元々は、父と母の偶然の出会い「運」と言えなくもありません。 そう考えてくると、今、現実に生きているということは、とても「運」がいいことなんじゃないかなと思えてきます。「生きているだけで幸せ」などと言われることもありますが、たしかにそうなのかもしれません。ただ、生きていればまたそれなりに、不満や悩みがあって、死にたくなってしまう時もあるんですが。 当然のことですが、今日生きているから、明日も生きているとは言えません。何が起こるかわかりません。ますます何が起こるかわからない不安定な世の中です。せいぜい、生きているうちに、やりたいことをやっておく。それしかないでしょう。 ということで、今年は、とにかく電網写真館の掲載写 真を増やしたいと思います。現在約1300点くらいのようです。正確には数えてないですが。今年の目標は「3000点以上にすること」としておきましょう。実際に写 真館を作ろうとしたら莫大な予算が必要ですが、ネット上なら、やる気さえあればできます。今まで撮影してきた写 真が俺の財産のすべてです。それをどう使って何ができるのか、試行錯誤しながらやっていきます。a-Galleryをリニューアルしました。ここには、「雲南」「棚田」「メコン」「シルクロード」以外のテーマの写 真をアップしていくつもりです。ご期待ください。なおテーマごとに館を分けていますが、写 真だけを見たい方のために、PHOTO NAVIのページも新しくしました。地域から見たい写真を探すときには便利だと思います。 青柳
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