極楽トンボの日曜日  Vol.52

 
 

 2004年8月19日、木曜日

  「アジアの原風景・棚田体験展」が終わりました。けっこう人が入りました。びっくりしました。こんなにも「棚田」に関心を持つ人がいるんだなと。

 そして、今回は、中国雲南、フィリピン、ベトナムからも棚田関係者を迎えて、国際棚田フォーラムが開かれました。「棚田」をキーワードにしたこれだけのフォーラムはもちろんはじめてのこころみです。棚田関係者といっても、日本も含めて4カ国の人たちは、立場もそれぞれで、突っ込んだ話になることはありませんでしたが、それでも、将来、これがきっかけになって、棚田関係者の交流が始まることは間違いないでしょう。

 中国雲南からは、これから世界遺産にしようとがんばっている役所の人間、一方、世界遺産になって生活が変わってしまったと訴えるフィリピンの農民。世界遺産に登録されるメリット、デメリットを考えさせる話でした。

 ところで、今回は2m×3mほどのコルトン写真が展示されましたが、これだけ大きくなった自分の写真を見る機会はそれほどないので、ある意味、客観的に自分の写真を見ることができたようです。これは、自分の写真なのかどうかわからなくなる、ということでもありました。

 入口のフィリピンの写真は、てっきり他の人の写 真だと思いこんでいて、「あれも青柳さんのですね」と聞かれたたとき「あれは違うんですよ」と答えたら、「でも「撮影 青柳健二」と書いてありますよ」と言われ、あらためて見に行くと、確かにそう書いてありましたが、まだ「これは間違っている」と思ったほどでした。なぜそんな勘違いが起きたかというと、主催者にはたくさんの写 真を渡してあり、こういう絵柄の写真を渡したのをすっかり忘れていたことでした。そして、大きくした写 真の印象は、小さく見ていたときとまったく違ったものだからです。

 同じ写真なのに、どうしてこうも違った印象になってしまうのか、不思議です。「大きさ」は、ある意味「質」をも変えるということかもしれません。アートの中で、これは写 真固有の現象でしょうか。絵を大きくして鑑賞するなんてことはないし、映画では、動きにまぎれて細部をじっくり観察することもできないし、ましてや音楽は。いや、音量 をでかくして聴くと、違った曲に聴こえるということはあるかもしれませんが、写 真ほどではないと思います。

 ある棚田の研究者には、「いい写真ですね」とほめられました。「村のできかたや、棚田の水の流れ方がよくわかります」と言われました。そういうほめられ方をしたのは初めてなので、なるほど、そういう見方もあるんだなあと思ったのでした。「光がいい」とか「美しい」とかいう評価ではなくて、これは学術的な価値とでもいうのでしょうか。正直、ちょっと複雑な思いがしましたが。いや、あれだけ大きくなると、それまで見えなかった細部に目が行き、たしかにその情報量の多さに驚くということはわかります。

 風景を全体で見ているので、撮った写真には、本人すら気がつかない情報が隠れているものなんだなあと知りました。たとえば、雄大な風景を目の前にして、光が差し込む一瞬を狙っているときは、画面の中の、ゴマ粒ほどの人が何をやっているか気がつかないものです。というか、小さくて実際見えないのでしかたありません。それをあとで大きくしたとき、こんなところに人がいて、こんな仕事をしていたんだと気がつくのです。だから、本人にも撮影中は知らないことがたくさんある、ということを教えてくれるのが、このコルトン写真の面白さでしょう。

 さて次は、9月3日からのUNギャラリーでの写 真展です。こちらは「体験展」とは違って、展示物はほとんど俺の写真なので、「個展」といってもいいかもしれません。今、展示物の準備中です。現地で手に入れた民族衣装や布なども展示する予定です。前に「土日は閉館する」とお知らせしていましたが、土日もオープンすることになりました。東京近郊の方は、ぜひおいでください。会場で見かけたら声をかけてください。

 詳しくはこちらでどうぞ。

青柳 

 
 

 

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