極楽トンボの日曜日  Vol.49

 
 

 2004年4月25日、日曜日

 イラクでの高遠さんたちの人質事件に対する「自己責任論」。もっともらしい。今さらなんだ? でも、人質から解放されてもうれしく思えないというのはどういうことでしょうか? 

 人質になったこと以上に世間のバッシングが彼らを追い詰めています。まるで犯罪者扱いです。もちろん、彼らの行動には、不注意な部分があったのは確かだろうし、その部分が非難されるのは仕方ないともいえます。俺は彼らを弁護するつもりもないし、彼らと彼らの家族の行動についてとやかく言うつもりもありません。でも、彼らがああなったのは、ある意味仕方ないこと、運が悪かったのだと思います。

 別に日本にいたって同じだからです。日本国内で、ある集団に誘拐されて、「自衛隊を引き上げないと殺すぞ」と強迫されることも、十分ありえるでしょう? 日本でもテロがあるかもしれないと、ほとんどの人が今、思っているはず。だから、高遠さんのような目には、だれだって遭う可能性があるんです。もっとも、その確率を言えば、イラクの方が断然高いわけですが。でも、それすら、彼らが誘拐されてはじめてそう知っただけで、事件が起こる前までは、どこで、どういう形で起こるか予想していた日本人はほとんどいなかったはずです。

 気になるのは、政府がここで「自己責任論」を持ち出したことです。俺がもし明日、新幹線に乗ったとき、テロにあってしまったら、「新幹線になんか乗るから悪いんだ。今、テロが起きる可能性が一番高いと、さんざんニュースでも言っている最中なのに。自己責任だ」などど言われるんでしょうか。いったい、テロが起こってもおかしくない状況を作ってしまった原因は、そもそもなんですか? 日本人がテロに遭いやすい状況を作った政府の「自己責任」はどうなるんでしょうか?

  なんか、おかしいでしょう? 俺は、おかしいと思うし、それ以上に、怖いと思います。バッシングする人たちは、まるで小泉さんたち政府の言うことに同調しているように見えます。いや、違いますね。小泉さんが言わなくても、今の日本全体の風潮がそんなふうになってきているということでしょう。

 飛行機チャーター代とか、宿泊費とか、政府が立て替えた分の費用を払うのはあたりまえ。そんなことは当然です。でも、そういうことを理由にしてバッシングしているだけなら、単に「人の税金を使いやがって」という嫉妬と不満だろうし、(でも言っている人の中には、年金を払っていない議員さんのような人もいるんだからなあ。払っていない税金に対して文句を言うのもおかしな話で)、そんな人の言うことは無視していいんですが、怖いのは、欧米のメディアでも言われたように、まるで日本が、自由に行動できない、好きにものを言えない、まるで昔の軍事国家みたいになってきたこと。

 日本人お得意の「自己規制」というのがあるけど、それが度を越すと「全体主義」になりはしないかという不安がじわじわと襲って来ます。 「迷惑をかけるな」か? 政府はしめしめと思っているでしょう。みんな政府の言うことをきいてくれれば扱いやすい。「自己責任論」ということの裏側に見てしまうのは「政府の言うことをだまって聞け」という本音。俺だけじゃないでしょう? そう感じるのは。

  歴史の教科書には「@@@@年に§§戦争が始まった」とか書いてありますよね。でも、その前に戦争状態は始まっているんです。全体の雰囲気が戦争になってもしかたないという風潮を作り出し、徐々に戦争に突入していく。宣戦布告した日が、戦争開始日かもしれませんが、でも、決して、その「日」の前日までが平和で、その「日」から突然戦争になるわけではありません。その前にすでに半分戦争状態なんです。

 たぶん、今、「日本が戦争している」という意識を持っている日本人は、ほとんどいないでしょう。戦争は、その「日」に始まるわけではありません。ちょっと前までは、自衛隊絶対反対という風潮だったのが、今では、自衛隊派遣はやむなしという感じになってきています。そして、勝手な行動をとらないとか、個人の行動を規制するという全体主義的傾向が強くなってきている気がします。こんな状態が、もしかしたら、100年後の教科書には、「この年、すでに日本は戦争状態だった」と記述されるのかもしれません。

  怪しいんですよ、今。なんか、臭うんです。知らず知らずのうちに、日本は泥沼にはまり込もうとしているんじゃないかと、俺は疑っています。

青柳 

 
 

 

エッセイ バックナンバー
バックナンバー

オリザ館雲南館メコン館シルクロード館
電網写真館ホーム


Copyright 2003 Aoyagi Kenji. All rights reserved.