極楽トンボの日曜日  Vol.47

 
 

 2004年3月7日、日曜日

 まだ寒い日々が続きます。といっても、もうすぐ暖かくなりそうですが。今年は桜の開花も早まるらしいし。

 3月11日から写真展が始まるので、今はその準備中です。場所は埼玉 県さいたま市浦和ですが、もし近くまで来るようなことがありましたら、ぜひお立ち寄りください。(写 真展の情報は、こちらで)

 さて「旅」と「旅行」というふたつの言葉があります。ふたつの違いはなんでしょうか。

 まず「旅行」は、目的地がある、身体的・移動的レジャーで、「旅」は、目的地が必ずしも必要ではなく、精神的・内面 的な心のありよう、あるいは、生き方そのものという感じがします。(「生き方」などと書くと大げさだといわれるかもしれませんが、あえて、ここではそう書きます。そして、その理由についても、機会を改めて書くつもりです)これが、俺の「旅」と「旅行」という言葉に対して持っているイメージです。ただ、どれが「旅」で、どれが「旅行」か完全に分けることは難しく、その境はすごくあいまいであるとも感じています。

 俺は20代はじめから外国旅行、国内旅行を始めましたが、こうして20年以上続けてきて気がついたのは、やっぱり俺の中には「旅行」よりも「旅」を求める性質が強いんだなということです。極端に言えば場所はどこだっていいんです。

 初めて外国旅行したころは、まだバックパッカーは一般 的ではなく、とくに田舎の学生だったので、外国へ行く(しかも団体旅行ではなく個人で行く)というと、生きて帰ってこられない鬼の住む場所にでも行くくらい特別 なものがありました。「気は確かか?」と友人からは言われたような気がします。

 そのとき大学4年の初夏で、これから就職活動しなければならないときに、2ヶ月もヨーロッパへ行くということは、ある意味、確かに「気は確か」ではなかったかもしれません。「気は確か」じゃなかったからこそ、不安を打ち消すこともできたわけで、そのときは本当に何物かに取り付かれていたようにも思います。実際は帰国予定の2ヶ月が8ヶ月に延びてしまい、大学は一年遅れて卒業はしましたが(学歴詐称はしていませんよ)、就職せずに、またすぐ旅行に出てしまい、ますます「気は確かか?」と言われることになったわけですが。

 そこで「旅」と「旅行」の違いに戻ります。俺はヨーロッパのどこへ行きたいというのはとくにありませんでした。とは言っても、初めてのことだし、いろんな国は見てみたかったので、人並みにいろんなところに思いを巡らしていました。でもあの当時のことを振り返ると、この8ヶ月間のヨーロッパ旅行で印象に残っているのは、地中海ローマ時代の遺跡発掘のボランティア学生たちと10日間スペインの海沿いの町ですごしたことや、雨のハイウェ−をヒッチハイクしながら歩いたことや、ポルトガルからの出稼ぎ人たちといっしょにフランス南部でブドウ摘みのアルバイトをしたことや、パリで4ヶ月間ギャルソンのアルバイトをしたことです。

 とくにパリでの生活は、その後の人生に大きな影響を与えました。このバイト中、本屋で立ち読みした写 真集に興味を持ち、写真は世界の共通語になるんだなと知って、その後何年かして、自分でも写 真を撮るようになったという経緯もあります。

 最初、日本から大韓航空便でパリに降り立ち、片言のフランス語と英語でユースホステルにチェックインし、街を方々まわりました。ここがあの有名なパリだよ。そこに自分が来ているんだ。こんな嬉しいことはないはずなのに、なぜか、シャンゼリゼ通 りも凱旋門もまったく興味が持てず、「なんか違うなあ」という思いばかりが強くなっていきました。せっかくパリに来たのに、この虚しさはなんなのか? そのときは分りませんでした。

 その後、前に書いたように、スペインの地中海沿いの小さなユースホステルにたまたま泊まったとき、遺跡発掘のスペイン人学生たちに出会い、翌日から彼らに混じって遺跡発掘のボランティアに参加して(言葉が通 じなかったので、ほんとは何をやっているのか知らずに着いていったのでしたが)、いつのまにか10日間たっていました。「そうだ。こういうことを体験したかったんだ」と気がつきました。だからそのあとは、観光らしいことはやらずに、バイトを探したり、ヒッチハイクをしたりして、だんだん自分の求めていたものに近づいていき、気持ちが落ち着いていったのでした。パリも、観光としてではなく、不法労働者としてバイトしながら暮らしてみると、まったく見方が変わり、こんなに面 白い街だったのかと思いました。

 外国へ出た理由が、漠然とでしたがだんだんわかってきました。俺は観光旅行がしたいわけではなかったんだなと。それは「旅」という言葉で表現できそうな感覚でした。

 「旅行」というのとは、心のありよう、求めているものが違ったのです。どっちにしても移動しているんだから変わりないんじゃない?と言われれば、「旅行」と「旅」に確かな線引きができるわけではないことは、最初の方にも書いた通 りで、「そうですね」と言うしかありません。でも、俺はその微妙な感覚の違いにこだわっています。いや、こだわりたいのです。そして、これは微妙だけど、俺にとっては「生き方」そのものに関わる大きな問題で、こだわることこそ「俺らしさ」なんだろうなと、今は思っています。

青柳 

 
 

 

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