極楽トンボの日曜日  Vol.43

 
 

 2003年9月6日、土曜日

 韓国に10日間いってきました。また棚田の撮影ですが、韓国は隣国なのに情報がなくて大変でした。「焼肉」「キムチ」の情報はちまたにあふれているのに、いざ、農村地帯がどんな風景なのか、それすらわからないというありさまです。もっとも、隣国であるということは、すなわち、棚田も日本と似ているだろうなとは想像できましたが。とにかく韓国の農業関係者に情報をもらって、ようやく3ケ所に絞って出かけました。

 韓国の棚田に関して情報がないのは、いってみて、なるほどなあと思ったのでした。ようするに、韓国人は興味を持っていないんです。「棚田」というのは「棚田」を意識しないと見えてこないものです。そして、いわゆる日本のような棚田が少ないことがわかってきたのでした。すでに韓国では区画整理が進み、小さな田んぼがほとんどなくなってしまっているのです。だから、韓国をまわっていると、どこにも田んぼはあるし、傾斜しているところは「棚田」と呼べないこともない。ただ、日本のような曲線の美しい棚田は極端に少ない。そして、山間に見つけたと思ったら、耕作放棄されていて、荒れた印象を受けました。

 韓国でも、若者はだんだんコメを食べなくなってきています。アジアは稲作発祥の地ですが、経済発展すると、食事がだんだん欧米化してゆき、結果 コメを食べなくなるという傾向があります。その先陣を切ったのが我がニッポン国ですが、同じような状況がアジア各国でも起こっています。韓国も例外ではありません。

 農家も離農してしまうところがたくさんあるそうです。それは農業が儲からないからです。日本では、農業から得る収入は少なくても、兼業などによって他の所得があるので、サラリーマン世帯より農家世帯の所得の方が多い場合もありますが、韓国では兼業をしたくても、その機会がないので、農業にたよらざるを得ません。韓国の農民は貧しいのです。だから、若者は農業をやりたがらず、都会に出てしまいます。

 韓国でも今年は冷夏で、農民は大変なようです。コメの実がならない稲を、早々とブルドーザーで倒したり、田んぼを焼いているシーンが、連日テレビのニュースで流れていました。

 ところで、少ないながらも、棚田と呼べる田んぼは撮影することができました。そのひとつは、韓国南部、南海島にありました。ガチョンというところです。島といっても、今は、橋で繋がっているので、島と言えるかどうか。海に面 した棚田は日本だけだと思っていましたが、ここにもありました。それが、九州の棚田と雰囲気がそっくりなのです。あたりまえなんですよね。海を渡った向こう側は九州なんです。似ていて当然です。紀元前の昔から海を挟んで交流はあったし、そもそも稲作が日本にもたらされたのも、この朝鮮半島経由だった可能性も高いわけですから。昔、稲作を携えてこのあたりから船出した人間たちがいたかもしれないと想像すると、わくわくしてきました。

 長崎県に「土谷棚田」というのがあります。『日本の棚田百選』の表紙で使用した写 真のところです。この土谷棚田に立ったとき、夕日が沈む方向に、中国大陸や朝鮮半島を思い、昔、稲作を携えた人間がこのあたりに船で辿り着いたかもしれないと想像して、わくわくしたものでした。今回は、反対側から見ることができました。土谷棚田からそう遠くないところに、唐津市菜畑遺跡がありますが、ここは日本で初めて本格的に稲作が営まれた遺跡として有名なところです。

 実は、この土谷棚田は、福島という島にあります。そして橋で繋がっていて島には見えないところも、偶然ですが、韓国の南海島と同じなのでした。

 今回撮影した韓国の棚田をなるべく早くアップしますので、お待ち下さい。

青柳 

 
 

 

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