Vol.39
2003年4月13日、日曜日メコン流域の旅から、先週帰りました。今回は、1ケ月半の旅。昔は、2ヶ月3ヶ月旅するのは普通 でしたが、最近では、久しぶりの長旅です。タイのバンコクから入り、カンボジア、ベトナム、ラオス、そしてまたバンコクへ戻り、日本に帰りました。 1990年代はじめからメコン河をテーマに写 真を撮り、それを写真集やCD-ROMにまとめたあとは、ぱったりと訪れなくなった地域です。だから、ほぼ10年ぶりのメコンの旅です、そして今回は、すべて陸路でまわりました。昔は、国境も開いてなく、空路でまわらざるをえないところが多く、陸路で旅するのは、昔からやりたかったことで、今回ようやく思いがかないました。 10年で変わったところもあるし、ほとんど変わっていないところもありました。一番変わってびっくりしたのは、ラオス南部の、メコンの中洲の島で、デット島というところがあるのですが、ここは、今ゲストハウス(と、いっても簡素なバンガローですが)の建設ラッシュで、多くの外国人旅行者が押し寄せているところでした。「河のリゾート」の誕生を目の当たりにした感じです。おそらく、タイの島やバリ島などの「ビーチリゾート」も、こんな感じで始まったものと思われます。今はまだ自家発電の電気しかなく、車も走っていないところですが、10年前は何もなかったことを考えれば、ものすごい変化です。 今回の旅については、おいおいと報告していくつもりですが、その前にまず、SARS(重症急性呼吸器症候群)について報告しておきます。 去年の10月はバリ島爆弾テロの現場近くにいました。そして今度はテロではありませんが、伝染病危険地帯を旅していたわけです。旅の最中は、あまりテレビも新聞も見ないので、情報がないと、当事者であるにもかかわらず、ことの重大さに気がつかないということを、俺は愚かにも、またもや証明してしまいました。 まず、ベトナムにいたときに、この新型肺炎の話を聞きましたが、なんとその渦中である、ハノイにいたのです。旅行者たちの噂では、「空気感染はしない」「肺炎ではなくて肝炎だ」とか、いろんな情報が錯綜していました。幸いにして病気にはなりませんでしたが。(潜伏期間は2日から10日だそうです。すでにハノイにいた時より20日間経過しています。安心してください) その後、バスで国境を越え、ラオスのビエンチャンから、南部のコ−ン島までいき、パクセからタイのウボンに抜け、バンコクに戻りました。 そして、帰国便に乗るためにバンコクの空港へいって、びっくりしてしまいました。たくさんの人がマスクをしていたからです。空港職員も乗客もです。そしてまだマスクをしていない旅客は、売店でマスクを買い漁っていました。それは異様な光景でした。俺も事態は深刻であることを実感しました。 飛行機の中では、咳が聞こえると、恐れた目をして、みんなその人の方を向くので、おいそれと咳払いもできません。シンガポール航空だったのですが、スチュワーデスたちはさすがにマスクはしていませんでした。マスクしたスチュワーデスに機内食を出されて食べる気はしないでしょう。と、そのときは思ったのでしたが、最近のニュースでは、ちゃんとスチュワーデスもマスクをするようになったらしく、かえって、してもらった方が安心できるという、深刻な状況に陥っています。職業柄大変な仕事だと思いました。肺炎のウイルスは結局飛行機で移動していることになるわけですから、機内がかなり危ないのではないかと思われます。 機内で見たシンガポールの新聞には、イラクの戦争よりも、このSARSの話題の方が大きかったようです。どうやって身を守るか。マスクの特集までありました。日本も対岸の火事ではありませんが、早く収まってくれることを願っています。 青柳 |
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