極楽トンボの日曜日  Vol.32

 
 

 2002年8月13日、火曜日、晴れ

 あいかわらず、暑い日が続きます。日本が亜熱帯になってしまったようで、最近では、熱帯病を媒介する蚊の発生も報告されているとのこと。蚊はいやですが。暑さそのものは嫌いではありません。クーラーを切った部屋で、たまには汗だくになるのも気持ちがよいものです。

 ようやく『日本の棚田百選』が完成しました。明日から、全国の書店で発売されます。(地方は遅れます) それなりによくできた本だと 自画自賛しています。「棚田百選」の棚田は、全国にまたがり、134ケ所もあったので、その数の多さだけでたいんへんなところもありましたが、こうして完成してしまうと、 それすらもいい想い出です。ただ、完成したからといって、これが棚田とのかかわりが終わるわけではなく、これから始まるといってもいいわけですが。

 みなさん、手ごろな価格ですので、ぜひ買ってください。みなさんが本を買ってくれることは、俺の写 真活動、すなわち棚田を世間に知らせる広報活動を助けることになり、ひいては、棚田に関心を持つ人が増えれば、棚田の将来を考える人たちも多くなるということで、結果 、棚田保存にも一役買うことにも繋がるんです。(なんて勝手な理屈でしょうか)

「日本の棚田百選」の本にについては、こちら
  日本の棚田百選

 3年前、日本各地の棚田の撮影を始めたときは、まさかこんなにも日本の棚田とかかわるとは思ってもみませんでした。アジアばかり写 真を撮っていた俺に、日本に目を向けさせてくれたのは、この「棚田」というものでした。

 棚田の価値というものを考えます。もちろん、よく言われるように(俺も『オリザ館』で書いていますが)、(1)生産の場、(2)保水機能、 (3)洪水調節の役割、(4)土壌侵食防止の役割、(5)棚田景観の文化的価値などがあげられています。これは絶対的な価値といえるかもしれません。 それと、他者との「関係」というものを考えます。これは、相対的な価値といえるかもしれません。

 「関係」とはどういうことか? 3年前に「棚田百選」に選ばれたばかりの棚田をまわったとき、耕作者の中には、「棚田百選に選ばれて迷惑だ」とまでは言わなくても「なんで今さら・・・」と、戸惑っている様子がうかがえました。日本人の食生活は欧米型になり、米を食べなくなり、そのため生産効率が悪い棚田は次々に放棄されてきて、自分の息子に農業だけは継がせたくないと思っていた人もいるくらいで、とうぜん棚田はなくなるものと思っていた矢先に、今度は「無くしてはいけない」という話になってきた。戸惑いは当然でしょう。

 ただこの3年で、だいぶ変わってきたのかなとも思います。都会の人との交流が増えて、農作業が楽しくなったという話も聞いたし、「棚田米はおいしいんだ」と自信を持つようになった人たちもいます。注目されて初めて、自分が棚田を作ってきたことが「間違っていなかった」という、大げさに言うならば、人間的な自信を取り戻した耕作者もたくさんいるように思います。

 「都会は進んでいて、田舎は遅れている」という感覚が、ようやく間違いだったことに、日本人は気がつき始めています。田舎暮らしや「スローフード」が話題になるのも同じ流れでしょう。ここにきて、都会と田舎は、ようやく対等になったのではないでしょうか? だから、どちらが進んでいて、どちらが遅れているかではなくて、どちらも、おたがいに依存し合っている関係です。要するに、棚田は自然に従ったり闘ったところから生まれたものであるけれど、都会との関係も似たところがあり、都会の人たちの要望・要請があり(従ったり)、また文化がぶつかり合う(闘った)関係が棚田を活かすエネルギーとなっているということではないでしょうか。

 俺が「関係」と言ったのは、そういうことです。物の価値は、その物だけでは決まらない。他者があって初めて、その物の価値が生まれる。棚田について言えば、都会と田舎が対等になって、お互いを求め合い、あるいはぶつかり合いながら、棚田の現在の価値が生まれてきたと言えるのではないでしょうか。

 「棚田百選巡礼」の提唱

 「棚田百選」がどうして134ケ所しかないんだ?と寂しく思ったときもありました。 もっと多ければ、まだ旅が続いていたのに、と。それだけ「棚田百選」の旅は面 白いものでした。「棚田百選」をまわる旅は、一種の巡礼と言えるのではないかと、俺は考えています。宗教心はありませんので、「日本を知るための巡礼」といった感じです。だから、時間がかかってもいい、少しずつ、いろんな棚田を見てまわることに意義があります。

 景観的な美しさだけを期待していくとがっかりしてしまう棚田も、正直言えばあります。「棚田百選」の中には、米を作っていないところや、荒廃しているところもあるし、畦がコンクリートになっているところもたくさんあります。でも、俺は、思うのです。それも含めて今の「日本の棚田」なのだと。そして、きれいさばかりではないからこそ「棚田百選」が面 白いのだと。棚田から、今の日本の現実が見えてくると思うのです。 そういう理由で、俺は「棚田百選巡礼」を提唱します。

 棚田は、棚田だけの問題ではありません。大きな意味で、日本人のライフスタイル、考え方の変化の象徴でもあります。まあ、とにかく本を買ってみて(立ち読みはいけませんよ)、棚田について考えてみてください。そして、感想をいただけると嬉しいのですが。

青柳 

 
 

 

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