極楽トンボの日曜日 Vol.29

 2002年3月31日、日曜日、晴れ

 雲南から帰って1ヶ月が過ぎました。帰った当初は、会う人ごとに「黒くなりましたねえ」といわれました。今年の雲南は天気が良くて、毎日日に焼けていたので、黒くなるのはあたりまえです。ある友人は、「ますます日本人離れしたね」などというので、「人間離れしてないだけまだましだろ?」といってやりました。1ヶ月たって、色もだいぶ白くなってきたようです。

 今、秋に出版予定の、日本棚田百選の単行本(ガイドブック)の準備をしています。旅先で手に入れたパンフレットやチラシ、図書館、インターネットで資料を集め、原稿を書いています。

 どうしてももう一度取材をしなければならないところもあるので、4月には、そこへ行くことになるでしょう。九州、四国、関西、中国地方あたり。早く行きたい気分です。雲南の旅から帰って1ヶ月たちましたが、もう旅が恋しい。地に足がつかない性格は、治らないようですね。

 1999年から日本棚田百選を撮り始めましたが、百選全部まわってみて思ったのは、日本もまんざらすてたもんじゃないな、ということでした。俺は、どちらかというと、日本の田舎(実家のあるところ)は嫌いで、だから外国へ飛び出したということでもあったわけです。しかもなるべく遠いところ、アフリカや中東にひかれました。

 それが、中国雲南に行くようになり、日本と共通する文化を体験し、棚田に興味が出て、そして日本を旅することになりました。まわりまわって、日本の(田舎の)良さに今さらながら気がついたのでした。外国に出て、日本の良さ(悪さも)を再認識したという話はよく聞きます。日常生活にどっぷりつかっていると、自分のことがわからなくなってしまうものです。外から自分を見つめることで、自分を客観的に、冷静に見ることができるようになるからでしょう。

 棚田は、そういう意味で、俺にとっては、ちょうどタイミングも良く、日本をあらためて見直すきっかけになってくれました。こういう年齢になったからこそ、そう思うのかもしれません。若いときには気がつかなかった日本の良さを、ようやくわかるようになったんだと思います。若いときは若いときで、興味を持つ対象があるし、歳を重ねれば、またそれなりに、考えることも違えば、経験の多少もあるし、興味の対象は変わってきます。

 雲南館の「元陽棚田と春節」では、雲南の元陽が、棚田ブームだという話を書きました。3月16日(土)の産経新聞夕刊、文化欄でも、元陽棚田に関する記事「変貌する雲南」を書きました。日本でも、棚田が注目されています。日本と中国で棚田が注目されていることは、単なる偶然なんでしょうか?

 棚田を注目する、質が違うような気がします。中国では、幸いにと言うか、いや、不幸にしてなのか、棚田が危機に瀕しているという話はまだ聞きません。生活手段は棚田での稲作しかないので、やらざるを得ないのです。日本のように、ある意味、豊かになって、効率の悪い棚田が減少している状況とは、根本的に違います。

 そして雲南は、確かに棚田の規模は日本のと比べ物にならないくらい大きいし、美しいし、圧倒されるし、ため息が出てしまうんですが、あまりにも、どこもかしこも棚田だらけで、棚田の希少価値というものはありません。今のところは。だから、日本で棚田百選をまわったときのように、探す面 白みというのが、少ない感じがします。日本でだったら、わずか10枚程度の棚田を見つけて喜ぶときもあるんですが、雲南では、そういうことはありません。バスで、2、3時間走っても、まだ棚田というところがあります。ちなみに、元陽県の棚田の総面積は1.1万haあります。

 だから、今、ちょっと悩んでいます。次回、8月の写真展では、雲南、日本、他のアジアの棚田をいっしょに展示するつもりなのですが、違和感なくおさまるのかどうか、ということです。棚田の、なんて言ったらいいかわからないのですが、その、質の違いと言うか・・・。俺が日本人だから、日本の棚田に対する距離感と、アジアの棚田に対する距離感の違いとでもいいましょうか。そのあたり、しっくり来るように写 真も選ばなくてはならないだろうなとは思っているところです。

青柳 


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