極楽トンボの日曜日 Vol.27

 2002年1月1日、火曜日

 あけましておめでとうございます。今年も、よろしくお願いいたします。

a happy new year !

 今年は、どんな年になるのでしょうか? 個人的には、まず、1月9日から、1ケ月半、タイと中国にいってきます。去年は、日本国内の棚田の写 真を撮っていたので、長期の外国旅行はできませんでした。だから、今度は久しぶりです。

 帰国後は、8月に向けての棚田の単行本の出版と、写真展の準備などなど。2002年の前半は、だいたい、こんなところでしょうか。では、後半は? まったく、わかりません。予定を決めたところで、いままでも、その通 りに実行できたことはないし。まあ。成りゆきですね。

 「何が起こるかわからない」が、今の世の中。

 俺たちが子どものころは、世の中というものは、右肩上がりにだんだん良くなるものだと思っていました。たしかに、当時日本は高度成長期のまっただ中で、身のまわりには便利なものが次々に現れ、美味しいものも食べられるようになり、外国旅行までできるようになりました。「未来」というものには「明るさ」を感じ、前向きに生きていた時代だったような気がします。

 それが、90年代になってバブルははじけ、必ずしも、右肩上がりに世の中が進歩していくものではないことを、いやというほど思い知らされました。永久に成長し続けるなんてことはないと、冷静に考えればわかるのに、それまでの俺たち、日本人全員は、夢の中で浮かれていたんですね。

 そして去年、衝撃的な事件が起こりました。アメリカの、同時多発テロ事件。とくに、俺にとって衝撃だったのは、世界貿易センタービルが、崩れ去ったことです。今まで信じていた、西欧的価値観の権化のような、ニューヨークの高層ビルが、ビンラディン氏も予想しなかったほど、いとも簡単に崩れてしまいました。ビルの崩壊が、その価値観の崩壊とだぶって見えてしまうのは、俺だけでしょうか。

 アメリカは、一般のアフガン人が死んでも意に介さず、攻撃を続けました。「誤爆」とはいえ、人を殺しても平気だという考え方に、日本人も荷担してしまっているわけですが、こういう一連のアメリカ(と、日本や西欧諸国)の行動を見ていると、俺たちが信じて疑わなかった、西欧的な考え方が、はたしてテロを起こす狂信的な考え方と、どれだけの差があるのか、疑わしくなってきます。「自由主義」という美名のもとに、裏では、持てる人と、持たざる貧しい人とをつくり出し、その持たざる人をじわりじわりと殺している現実。「テロ」や「戦争」で一気に殺すか、それとも「自由主義」で、じわりじわり殺すか、その差でしかないとしたら・・・。

 

 年明けそうそう重い話からはじめてすみません。ところで、俺の友人が編集を担当した本「ワインは時を語る」(丸善株式会社)が出版されました。社会学博士の井関利明氏と、哲学者の黒崎政男氏の、ワインを飲みながらの対談集です。俺は、ワインについてはよくわかりませんが、たいへん興味深い話があったので、紹介したいと思います。

 「利益追求を目的としない企業活動」という話がありました。環境資源問題、不平等の拡大、人間不在などの問題を抱えた「市場主義の終焉」が唱えられ、徐々に市場によらない生産・供給が始まっているというのです。これは「ヴォランティア経済」と呼ばれているそうです。つまり「お金をもうけるために」という理由ではなく、「仲間内での評価」「楽しいから」「自己表現の一つ」という動機でやっている仕事のことだそうです。こういう考え方もありますよね。

青柳 


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