Vol.17

 3月18日、日曜日、晴れ

 先日、1999年中国金鶏賞(中国アカデミー賞)を受賞した霍建起(フォ・ジェンチイ)監督作品『山の郵便配達』を試写 会で観てきました。映画は、東京の岩波ホールで、4月7日から公開されます。

 原作は、1983年、全国優秀短篇小説賞と湖南省第1回青年文学賞を受賞した、湖南省生まれの彭見明(ポン・ジェンミン)の短篇小説、「那山 那人 那狗 (あの山、あの人、あの犬)」です。

 舞台は、1980年代初頭の、湖南省西部の山間地帯。交通 が不便な山村に、手紙や雑誌を届ける郵便配達人一家の物語です。長年この仕事を続けてきた 父親は、足を患って引退することになりました。そしてその日、郵便配達の仕事を引き継ぐことになった息子と、シェパードの愛犬「次男坊」ととともに最後の旅に出ます。

 二泊三日の道中、大勢の村人に迎えられたり、都会に出た孫からの手紙をひたすら待つ盲目の老婆に、父親が架空の手紙を読んで聞かせたり、美しいトン族の娘に出会ったり、風で飛ばされた手紙を「次男坊」がくわえたりというエピソードが淡々と綴られます。

 インターネットで情報は瞬時に世界を駆け巡る今の時代でも、こういう世界はまだあります。1980年代初頭が舞台設定ですが、中国の山奥では、いまだに実在する世界です。こういうところに行くと、「世界は狭くなった」という言葉が空々しく響くことがあります。

 1年に1度来るか来ないかという手紙をひたすら待つ人々・・・。山道をなん日もかかって運ばれてきた手紙の重さ・・・。毎日メールでやりとりして「便利になった」と有頂天になっている俺たちは、いったいどれだけ心を伝えることができているのでしょうか。ただ単に、やり取りしているのは、情報だけではないのかと思ってしまいます。手紙とメールでは、根本的に何かが違うのかもしれません。

 いまだに心理的な隔たりを感じて、「父さん」と呼んだことのなかった息子は、父親が続けてきた仕事を知るうちに、郵便配達が人と人との心をつなぐ重要な仕事であることをしだいに学び、父親を誇らしく思うようになってゆきます。

 そしてある日、休憩中の父親に「父さん、もう行かなきゃ」と声をかけて歩き始めます。父親は「次男坊、聞いたか? あいつ、初めて父さんって呼んだよ」と嬉しそうにつぶやくのです。

 映画には、 トン族と周辺の棚田の風景が登場します。トン族は、湖南省から貴州省、広西チワン族自治区にまたがって住む少数民族です。釘を一本も使わない、美しい屋根付き橋の「風雨橋」と、天辺に太鼓を吊るした火の見やぐらのような「鼓楼」は、内外から高く評価されている独特の建築で、俺もその写 真を撮りにいったことがあります。(トン族の写 真は、「オリザ館」の貴州省に掲載しています)

 農業と林業を営むトン族の生活は、平地の漢民族と比べれば、まだまだ貧しい。でも、村は共同体として機能しているし、映画のシーンのような賑やかな祭りも健在です。家族や親子の問題を考えるとき、その原形を保っている少数民族を物語のエピソードに添えたのは、俺たち外国人ばかりではなく、街に住む現代の中国人にとっても、説得力がある素材なのでしょう。それだけ、中国人の生活や家族のありようも、経済発展で急激に変わってしまったということです。

 芦笙を奏でる音楽の中、楽しそうに踊るトン族娘と息子の姿を見て、父親はほろ酔い気分で自分の若いころを思い出します。かつて父親は、郵便配達途中で、足を怪我した娘を背負って村に送り届けたことが縁で、彼女と結婚したのでした。 それが、今の妻であり、息子の 母親です。

 世代が違っていても、けっきょく若者は、同じことをくり返すということでしょうか。息子がうるさいだけの流行歌を携帯ラジオで聴いて歩くのを疎ましく思いながらも、若者の気持ちを次第に理解してゆきます。いや、理解するというよりも、かつての自分を振り返り、若者であったときの気持ちを思い出すのかもしれません。

 スクリーンからかもし出される切なくなるような「懐かしさ」は、単に、「かつての日本にもあった風景」といったレベル以上の、もっと根元的に人間が心に描く風景なのでしょう。それは、晋代の陶淵明作『桃花源記』が元になった「桃源郷」にも通 じる、心の原風景ではないでしょうか。 『桃花源記』もまた、湖南省が舞台でした。

青柳  


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