Vol.15 2月8日、木曜日、晴れ時々曇り、一時雪
現在山形県に滞在中です。正月以来、今年2度目の山形です。栃木県で雪の棚田を撮影した話は前回書きましたが、今度は、山形県の棚田撮影です。
東京を出た日、宮城県までは晴れていましたが、山形自動車道に入り、県境の峠を越えたとたん曇りになって、雪国にやってきたことを実感させられました。いつもながら、この峠では、天候が劇的に変化します。周りの山はもちろんのこと、山形市内にもたくさん雪が残っていました。
今年は雪が多いようです。正月に訪ねたとき、久しぶりの大雪に驚きました。あのとき積もった雪が、そのまま残っているという感じです。実家がある河北町隣の東根市では、雪によってサクランボの木が折れたり、ビニールハウスがつぶれたりと、大変な被害になっています。
朝日町の椹平棚田、山辺町の大蕨棚田を訪ねました。
雪は、2、3メートル積もっているようです。でも、棚田の段々はわかりました。去年、6月に訪ねたときは、田植え直後だったので、今回の純白の棚田は、またがらりと雰囲気が違っています。
気温が氷点下になった朝は、霧が木の枝に付いて凍った「霧氷」が見られます。風が吹くたびに、小枝が揺れて、霧氷がはらはらと散り、それが朝日に輝く様は、雪国ならではの美しさといえるでしょう。手足の冷たさも、一瞬忘れてしまうほどです。
椹平棚田から大蕨棚田までは、車で20分。左の写 真は、途中、最上川を渡る橋の上から撮影した棚田です。
ホームセンターに寄ってカンジキを探しました。カンジキを履かないと、雪の中は歩けないことを悟ったからです。さすがに雪国、ちゃんとカンジキを売っていました。1300円。
大蕨棚田までの道も、除雪車が出て、雪かきをしていました。道路脇には、3メートルほどの雪が、まるで壁のように積み上げられています。道で滑っても、車はその雪壁に守られて、路肩から転落するなどという事故にはならないようです。その心理的安心感があるからか、道がつるつるしていても、それほど危ない感じはしませんでした。
「大蕨棚田」の看板は、ほとんど雪に埋もれていました。初めてカンジキを履き(子供のころ、履いたことがあったかもしれませんが、忘れました)、雪原を歩きました。カンジキを履いても、15センチほど沈むので、歩きやすいとはいえません。珍しくよく晴れて、暑いくらいでした。上からと下から、太陽光線でこんがりと焼かれているローストチキンの気分でした。
棚田が作る光線のカーブ。モノトーンの光と影のシンフォニー。風景と自分が一体となった瞬間、たとえそれが錯覚だとしても、言葉では、言い表せない幸せな気分を味わうことができました。そういう瞬間がたまにあるんです。その瞬間にめぐり合うために、いろんなところに出かけ、写 真を撮っているのかもしれません。
こういう厳しい冬があるからこそ、稲が育つ夏の風景も輝いて見えるのでしょう。そして、こういうところにまで、稲を作るようになった人間のすごさに感心するばかりです。
「コメを一度作った民族は、ずっと作り続ける」という法則(?)があるそうです。(最近の日本人だけ、例外なのかも。「コメ食悲願民族」といわれた時期もあったのに) それだけ、コメは魅力のある穀物なのでしょうが、もともとアジアの熱帯・亜熱帯で起源したといわれる稲が、こんな雪深いところで作られているのも不思議な感じです。稲作が始まって数千年経ちました。数千年かけて人間は、稲をこんな寒冷地にも適応させてきました。「すごい」としかいいようがありません。
平地のないところには、棚田を作り、寒いところでは、稲の品種改良をやってきた人間たち。俺たちは、雪国でコメを作っていることに、不思議さも、すごさも感じなくなってきています。あたりまえじゃないかと思っています。身近すぎると、そのものの価値がわからなくなるときがあります。でも、一歩引いて見てみたとき、雪国の棚田でコメを作るというのは、すごいことなんだということに、あらためて気がつかされるのでした。
青柳
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