Vol.14

1月29日、月曜日、晴れ

昨日、栃木県の茂木町烏山町の棚田へいってきました。

ようやく、棚田関連の企画が動きだしました。実際雑誌で特集されるのは、秋くらいになってしまいますが、まず、先行取材として、雪景色の写 真を撮ることになりました。どこがいいか考えていたところ、今年は雪が多いのか、先週末にまた東京でも大雪になりました。

それで、去年の棚田百選の旅の時に知り合った、茂木町の棚田の側に住んでいるGさんに電話をして、雪の状況を聞きました。「こちらでも積もっています。明日晴れても、一日残るでしょう」とのことだったので、昨日朝4時半に起きて、東京から宇都宮まで電車で行き、駅前でレンタカーを借りて一路茂木町を目指しました。

前日の雪と雨が凍り、道はつるつる滑り、カーブを曲がったときは、ヒヤッとしましたが、無事に茂木町の石畑棚田に到着。一度訪ねているので、道にも迷わずすんなりと行くことができました。中国や東南アジアを旅しているときも思うのですが、初めて訪ねたときは、ほんとにとんでもない田舎に来たなぁと思う所も、2度目にはまったくそんな雰囲気がなくなることです。「秘境」も2度目には「秘境」ではなくなってしまうということでしょう。いえ、茂木町が「秘境」と言っているわけではないですよ。誤解ないように。

半年ぶりの棚田。前回は、田植直後だったので、印象がずいぶん違いました。

ここも雪はかなり積もっていました。写真的なことを言えば、積もり過ぎといってもいいかもしれません。日中は晴れて気温も上がり、そこが田んぼであることがわかるくらいに、稲刈りしたあとの株が顔を出しました。

一通り写真を撮り終わったとき、雪情報を教えてくれたGさんが犬の散歩から戻ってきました。雪情報のお礼を言って、そのあとしばらく雪景色を見ながら話をしていると、家の中から奥さんが出てきて「お茶でもどうぞ」と声をかけてくれました。

地元では「どうして今さら棚田百選なんだろう?」と疑問に思っているそうです。(前回伺ったときもこんな話をしていたと思いますが) もしかしたら、これだけ日本ではいっしょうけんめいコメ作りに取り組んでいますというところを見せる、外国のコメ市場開放圧力に対しての、日本政府のパフォーマンスなんじゃないのか?と考えている人もいるそうです。 

棚田に補助金が出ることになったそうですが、それは微々たるものだし、いくら補助金を出してもらっても、高齢者が多く、身体が動かず、棚田を作りつづけるのは難しい。農機具を共同で購入しても、使いたい日が重なってしまう、人によって機械の手入れをする人としない人が出て不満が出る、などの問題があり、なかなかそれも難しいとGさんはいいました。

「棚田を保存する」その意義は大きいと俺も思います。環境の面 からも、文化遺産的な面からも、食料問題の面からも。ただ、「保存」を叫んでいる人たちの中には、「保存」をイメージでとらえている人たちがいる。なんとなく、実際の耕作者と、その周りで保存活動している人たちの間に、ギャップを感じてしまうこともあります。そういう俺もそうなのかもしれません。偉そうなことは言えませんが。

昔、共同作業が、田んぼつくりには欠かせなかった。人と同じように行動すること、集団から目だたず、他人の足手まといにならず、という農民(稲作民族)気質が、日本人の横並び意識、日本人の「和」を尊ぶ性質を作ってきたのだという話は前から言われてきたことです。

俺たちが子どものころは、「個性的に」「自分の主張を持って」と教育されてきました。(今もそうなのかな?) その教育方法が良かったのかどうなのかわかりませんが、少なくとも、一時代前の日本人よりは「個性的」な「自分の主張を持っ」た人間が増えてきたのは事実でしょう。それはまた「わがまま」「自己中心的」と言い換えることができるかもしれませんが。結果 的に、日本人は農民(稲作民族)気質とは反対の方向へ変わってきたといえるでしょう。

Gさんは、正月用のモチですが、といって、3種類の焼きモチをごちそうしてくれました。海苔で巻いたモチ、あんこモチ、そして初めて見たのですが「豆モチ」。海苔と大豆が入っていて、薄緑色したモチです。あとで、茂木町の道の駅に寄ったら、この「豆モチ」が売られていたので、土産にひと袋買いました。店員さんの話では、海苔の代わりにヨモギを入れて緑色にする場合もあるそうです。

茂木町石畑棚田から、烏山町の国見棚田までは、車で6分程度。こちらは、もっと雪がふり積もっていました。階段状になった棚田は、純白の雪に覆われ、まぶしいくらいでした。

もう一度、石畑棚田に戻ったら、アマチュアカメラマンが雪景色の撮影をしていました。車のナンバーから地元の人らしい。やっぱり地元のカメラマンにはかなわない。すぐ撮影場所に直行できるメリットは大きいですね。

日が暮れて宇都宮まで戻り、餃子(宇都宮といったら餃子)を食べてから、東京までの電車に乗り込みました。1日だけの棚田の旅でしたが、Gさんの話や、雪景色など、充実した気持ちでいっぱいでした。そして、どこの棚田だったか、耕作者から言われた言葉を思い出しました。「棚田は残らないかもしれない。だから、きれいな棚田を記録しておいてください」と。俺のやるべきこと、俺にやれることは、やっぱり棚田を記録することなんだろうなと、あらためて思いました。

青柳 


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