Vol.1
1月3日、月曜日、晴れ
「過去からのメール」
年が明け、コンピュータ2000年問題も、拍子抜けするほど何もなく、穏やかな正月です。
何かを期待していたのでしょうか? 世界中のコンピュータから火が吹くことを? そうかもしれない。けっこう世界中で盛り上がっていました。
核ミサイルが飛んでくる。飛行機が落ちる。電気・水道・ガスが止まる。冷蔵庫が止まって、アイスクリームがとける。
2000年問題がたいへんな混乱をもたらすと言い出した人たちは、コンピュータを信じ過ぎていたのではないでしょうか。我々人間はコンピュータがなければ、もう、なんにもできないと。
もちろんその対策をやったから何も重大なことは起こらなかったと言うかもしれませんが、それじゃあ、発展途上国のコンピュータはどうだったのか? 対策なんて、ほとんどなんにもやっていなかったというではないですか。とにかく混乱はなくて、なによりでした。もちろん、なかったから、こんな話を書けるわけですが。
コンピュータは、人類を滅ぼしてしまうような悪魔でも、幸せにしてくれる神でもなく、まあ、しょせん、人間の道具のひとつだということではないでしょうか。
どうも世紀末思想と結びついて、大袈裟になったのかもしれませんが、アメリカ映画も「インデペンデンス・デー」「アルマゲドン」「エンド・オブ・デイズ]と最近は終末ものが大流行りです。この2000年問題の騒ぎ方も、これと同じ線上にあるように見えてなりません。
前回訪ねたフィリピンの山に住んでいるイフガオ族の男たちは、2000年問題で何も起こらなかったことさえ知らず、相変わらず、棚田に出て、今日も鍬をふるっているはずです。いったい2000年問題で騒いでいる我々をどう見ていたのでしょうか。今度いったら、聞いてみたい。
さて、不思議なメールが届きました。
これも2000問題と関係あるのかもしれませんが、2通 のメールが、1914年と、1920年の発信日で届きました。私が生まれるずっと前に発信されたメール。80年以上も経ってようやく届いた、過去からのメッセージ・・・???。
1914年7月15日から届いたメールには「あけましておめでとうございます 今年も よろしくお願いします」とありました。差出人は島根県に住むTさんからのものでした。
「なぁんだ」と私は少しがっかりしてしまいました。
まだ電子メールもインターネットもなかった、今から80年前に書かれたメールが届いたとすれば、1914年までノート型パソコンを携えてタイム・トリップした21世紀人が、きっと私宛にくれたメールに違いないという、SFまがいのストーリーを自分で組み立てて、初夢は何も覚えてないので、その代わりにして、せちがらいこの世の中でも、せめてロマンをもとうとした一瞬だったのに、それはすぐに泡となって蒸発してしまったのでした。
ところで、元旦の夜、友人と初詣にいったとき、数年ぶりで、おみくじをひきましたが、「半吉」というものでした。
「半吉」というのは初めてひきましたが、これは「中吉」「小吉」よりも、いいんでしょうか? 悪いんでしょうか? どっちなんだ? はっきり言ってくれーッ!と、叫びたい気分です。「凶」と出た方が、まだましです。
人を悲しませないためにと思って使うあいまいな言葉が、逆に人を不幸にするということもあるんだよ。「いい人ね」なんて言わないでほしい。「あなたが嫌い」とはっきり言われた方が、すっきりする。なんの話だっけ?????そうそう、この「半吉」。これが気になってしかたありません。どなたか意味を教えてください。私を楽にしてください。
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1月1日、土曜日、晴れ
明けましておめでとうございます。
2000年問題も、今のところ問題ないようで、「おめでとう」で大丈夫。
ようやく「オリザ館」を開館することができました。「オリザ館」は電網写 真館の中の、「棚田」「コメ」「稲作」などをキーワードにした写真ギャラリーです。
メニューページにも書いていますが、「オリザ Oryza」とは稲の学名からとりました。
◆植物学的分類◆
Oryza sativa L
Oryza glaberrima Steud
(前者が世界各地で作られている稲で、後者が西アフリカ一部にしかない)
◆Oryza sativa Lの分類◆
日本型(japonica)、インド型(indica)、ジャワ型(javanica)の3種類に分けられる
「熱帯稲作ハンドブック」(国際農林業協力協会)より考えてみると、私はずっとアジアの写真を撮ってきましたが、コメ文化を撮ってきたといっても過言ではないかもしれません。それだけアジアではコメと人間とは密接な関係にあります。そしてとくに私の場合、アジアといっても、島や海岸ではなく、大陸の山間部が多く、そういうところはだいたいが棚田の風景なのです。棚田と人間を撮る機会は多かったといえます。
1999年2月には初めてのホームページ「電網写 真館雲南館」を開館しました。暗中模索、試行錯誤の10ヶ月でした。
7月下旬に農水省が「日本棚田百選」というものを発表しました。これは各地に残っている棚田を、コメ作りの面 からだけではなくて、環境の面、文化遺産の面から保存していこうという主旨から選定されたものです。
そのリストにそって、9月に3週間かけて、北陸、関西、中国地方の棚田を撮影しました。そしてその写 真を雲南の棚田とともにページに追加しました。それが評判良かったことに気を良くして、それなら棚田の写 真だけを独立させて、新しいホームページを立ち上げようと思い立ち、こうして「オリザ館」を開館することになったわけです。
この10ヶ月間、ホームページを開いて、なにが一番面白かったかというと、いろんな人と知り合えたことではないでしょうか。
何年か前に旅先で知り合った旅行者や、音信不通になっていた友人に突然メールをもらって再会(?)することもできました。「インターネットなんて」と、馬鹿にしていた1年前には考えられない心境の変化です。大昔、人間は村の中での人間関係がすべてでした。そのうち人間は村を出て、外の人間とも知り合うようになり、乗り物が発達すると、国境を越えて人と知り合うまでになってきました。そしてインターネットでは、地球上で顔も知らない人と知り合うことができるようになりました。
人との出合いも、時代とともに変わっているのでしょう。2000年もどんな人と知り合えるか楽しみです。
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